黒柳徹子著『窓ぎわのトットちゃん』とフリースクール

新しい法律を創ってフリースクール等でも親が就学義務を果たせるようにするというニュースが、ここ数日、マスコミをにぎわせています。

多様な教育機会確保法(仮称)制定を目指すフリースクール等院内集会2015年6月16日東京都千代田区
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_1.html


昨日、「フリースクールについて、よい本はありませんか」とたずねられ、ひさびさに黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』を手に取りました。


黒柳さんは、「徹子の部屋」(テレビ朝日)などでおなじみの、あの黒柳徹子さんです。
この本は、黒柳さんが実際に通ったトモエ学園と、そこで出会った先生や子どもたちの物語です。
時代は戦前で、日本がアメリカとの戦争に負けようとしていた時期です。


この本のなかには、確かに、「フリースクール」という言葉は出てきませんが、トモエ学園ですごす子どもたちの姿は、まさにフリースクール的です。



さて、この物語は、黒柳さんが小学校を退学する場面から始まります。
小学校1年生のトットちゃん(黒柳さんのこと)のお母さんは、ある日、担任の先生に呼び出されます。

先生がお母さんに言った言葉は、

「おたくのお嬢さんがいると、クラス中の迷惑になります。よその学校にお連れください!」
「本当に困っているんです!」

先生によれば、トットちゃんは、授業中にもかかわらず100回も机のフタを開け閉めしたり、教室の窓ぎわに立って窓からチンドン屋さんに声をかけたりして、授業が成り立たないというのです。
他にも数々のトットちゃんの悪行(?)を聞かされたお母さんは、新しい学校を探すことを決意します。
あちらこちらかけずり回って見つけたのが、トモエ学園という学校でした。


トットちゃんは、トモエ学園を一目見て気に入ります。なぜなら、教室が、電車の車両だったからです。

校長室に入って、校長先生とトットちゃんの二人きりで面接です。
校長先生は、

「さあ、なんでも、先生に話してごらん。話したいこと、全部」。

と言いました。
ものすごくうれしくなったトットちゃんは、思いつくままに、一生懸命、お話しします。
そして、とうとう話すことがなくなったとき、校長先生は、

「じゃあ、これで、君は、この学校の生徒だよ」

と言います。
この校長先生が、小林宗作氏です。

「あとがき」に書かれた小林氏の経歴によると、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)卒業後、成蹊小学校の音楽教師となり、ヨーロッパ留学でリトミックを習得し、帰国後、小原国芳氏と成城幼稚園を創り、その後、トモエ学園を創ります。

このトットちゃんと校長先生との初めてのお話は、なんと、たっぷり4時間!だったということです。

この日のことを黒柳さんは、次のように書いています。

「でも、トットちゃんの中のどこかに、なんとなく、疎外感のような、他の子供と違って、ひとりだけ、ちょっと、冷たい目で見られているようなものを、おぼろげには感じていた。それが、この校長先生といると、安心で、暖かくて、気持ちがよかった。
(この人となら、ずーっと一緒にいてもいい)
これが、校長先生、小林宗作氏に初めて逢った日、トットちゃんが感じた、感想だった。」(文庫版34-5頁)


こうして、トットちゃんは、生徒が50人ほどのトモエ学園の一員になります。

トットちゃんの1年生のクラスは9人で、電車の教室で一緒にすごします。
座る席は自由です。
女の先生は、1時間目の最初に、その日一日にやる全部の科目を黒板に書いて、

「さあ、どれでも好きなのから、始めてください」

と言います。
基本的に、自習形式が多く、わからないことがあれば、先生に質問するというかたちです。

同じ電車の教室のなかで、カタカナを書く子、絵を描く子、本を読んでいる子、体操をしている子、などなど、がいるという感じです。
午後は、校外に散歩に出かけたりもします。
夏休みには、学校の講堂にテントを張って野宿(?)をしたりします。
トモエ学園には障害のある子も数人いましたが、みんな裸になってプールで泳いだりもしました。
校長先生が音楽の専門家だったので、音楽の時間がとても多く、リズム体操「リトミック」は毎日やっていたそうです。


こうした活動を思いっきりできるように、校長先生は保護者に、

「一番わるい服を着せて、学校に寄こしてください」

と言っていました。
悪い服ならば、汚れようが、裂けようが、子どもが気にしないですむからです。


お昼のお弁当も、当時の日本は「黙って食べる」が普通でしたが、留学経験のある校長先生の考えで、「お話ししながら、ゆっくり楽しく食べる」という方針でした。
そして、毎日昼食時、子どもの一人に、みんなの前でお話しする機会もつくっていました。


こうしたトモエ学園の1年間について、黒柳さんは、次のように書いています。

「トットちゃんにとって、この一年は、本当に充実していて、毎朝が待ち切れない一年だった。」(文庫版196頁)

ただ、こうしたトモエ学園の教育方針に不安を覚える親もいたようで、転校する子どももいました。でも、子どもは、トモエ学園と別れたくなくて、泣いたそうです。


充実した毎日を過ごすトットちゃんが、校長先生にもらった大切な言葉は、

「君は、本当は、いい子なんだよ!」

というものでした。
幼いトットちゃんは、校長先生に「そうです、私は、いい子です!」と無邪気に答えていましたが、当時を振り返って黒柳さんは、

「そして、トットちゃんの一生を決定したかも知れないくらい、大切な、この言葉を、トットちゃんが、トモエにいる間じゅう、小林先生は、いい続けてくれたのだった。」(文庫版217頁)

「私のことでいえば、「君は、本当はいい子なんだよ」、といい続けて下さった、この言葉が、どんなに、私の、これまでを支えてくれたか、計りしれません。もし、トモエに入ることがなく、小林先生にも逢わなかったら、私は、恐らく、なにをしても、「悪い子」、というレッテルを貼られ、コンプレックスにとらわれ、どうしていいかわからないままの、大人になっていた、と思います。」(文庫版290頁)

と書いています。
どこか疎外感を感じていた黒柳さんは、校長先生のこの言葉によって、自信をつけていったのです。その後の黒柳さんの活躍は、みなさんご存じのとおりです。


こんな素敵なトモエ学園は、アメリカの空襲によって焼けてしまいます。
炎に包まれた校舎を見て、校長先生は、隣で同じように炎を見つめる大学生の息子に、

「おい、今度は、どんな学校、作ろうか?」

と声をかけたところで、この物語は終わります。




黒柳徹子さんが『窓ぎわのトットちゃん』を書こうと思った動機は、校長の小林先生とした「トモエの先生になってあげる」というかなわなかった約束を、違うかたちで、せめて果たそうというものでした。

トモエ学園ができたのは昭和12年で、空襲で焼けたのが昭和20年ですから、わずか8年間の活動にすぎません。

小林氏の教育方針は、

「どんな子も、生まれたときには、いい性質を持っている。それが大きくなる間に、いろいろな、まわりの環境とか、大人たちの影響で、スポイルされてしまう。だから、早く、この『いい性質』を見つけて、それをのばしていき、個性のある人間にしていこう」(文庫版291-2頁)

というものでした。
黒柳さんは、こうした教育方針のトモエ学園で、子どもたちが生き生きとすごしていた実際の姿を、在籍者の一人として、多くの人に知ってもらいたいと思ったのです。


また、不登校について、黒柳さんは、次のように書いています。

「トモエのことを書くことは、まだ沢山ありました。でも、とにかく、こういう、トットちゃんみたいな女の子でも、まわりの大人のやりかたによって、なんとか、みんなとやっていける人間になれる、という事を知って頂けたら、と思っているのです。
 そして、もし、今でもトモエがあったら、「登校拒否をする子なんて、一人もいないだろうな」、と考えます。だって、トモエでは、みんな学校が終わっても、放課後、家に帰りたくないくらいだったんですから。そして、また、次の朝は、早く学校に行きたくて、待ち切れないくらいだったんです。」(文庫版296頁)


『窓ぎわのトットちゃん』が出版されたのは1981年。ほとんどの人は、「登校拒否」という言葉も、「不登校」も、「フリースクール」も知らなかっただろうと思います。

しかし、この本は、発売された1981年1年間で450万部売れました。
「こんな学校あったらいいな」という人びとの気持ちが表れた数字だと思います。

そして、多くの子どもたちから、出版社に手紙が届いたそうです。
なかには、少年鑑別所にいる女の子から、

「トットちゃんのお母さんのような人や、小林校長先生がいてくれたら、私は、こんな所に入っていないと思います……」

という手紙もあったそうです。



既存の小中学校以外の場で学ぶ子どもをどう支援するかが議論になっている現在、黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』は、読み返す価値のある古典のように思います。




<追記>
『窓ぎわのトットちゃん』を検索していたら、知り合いがやっている「箕面こどもの森学園」の『こんな学校あったらいいな──小さな学校の大きな挑戦』(築地書館)という本がヒットしました。
せっかくですので、あわせてご紹介いたします。

箕面こどもの森学園
http://kodomono-mori.com/

藤田美保校長先生のインタビュー
http://familyblog.shogakukan.co.jp/news/2014/09/000789.html
http://familyblog.shogakukan.co.jp/news/2014/09/000790.html



窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
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こんな学校あったらいいな: 小さな学校の大きな挑戦
築地書館
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<高山龍太郎のブログより>

多様な教育機会確保法の条文案(未定稿)における「個別学習計画の支援・勧告・修了」と「就学義務の履行」
http://r-takayama.at.webry.info/201508/article_6.html

多様な教育機会確保法の条文案(2015年8月11日付け未定稿)における「個別学習計画の認定と修正」
http://r-takayama.at.webry.info/201508/article_5.html

多様な教育機会確保法の条文案(未定稿)における「基本指針」と「多様な教育機会の確保に関する施策」
http://r-takayama.at.webry.info/201508/article_4.html

多様な教育機会確保法の条文案(未定稿)における「国と地方公共団体の責務」と「財政上の措置等」
http://r-takayama.at.webry.info/201508/article_3.html

多様な教育機会確保法の条文案(2015年8月11日付け未定稿)における「目的」と「基本理念」
http://r-takayama.at.webry.info/201508/article_2.html

多様な教育機会確保法における財政上の措置の必要性
http://r-takayama.at.webry.info/201508/article_1.html

多様な学び保障法を実現する会総会・公開イベント「多様な教育機会確保法を知ろう」に参加して
http://r-takayama.at.webry.info/201507/article_5.html

教育支援センター実態調査にみる地域格差──第7回不登校に関する調査研究協力者会議①
http://r-takayama.at.webry.info/201507/article_4.html

多様な学び保障法を実現する会「多様な教育機会確保法を知ろう」(2015年7月26日、東京都新宿区)
http://r-takayama.at.webry.info/201507/article_3.html

多様な教育機会確保法案は就学校指定制度の拡大である
http://r-takayama.at.webry.info/201507/article_1.html

多様な教育機会確保法(仮称)制定を目指すフリースクール等院内集会に参加して
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_6.html

「多様な教育機会確保法(仮称)案」における不登校支援の仕組み
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_5.html

「多様な教育機会確保法(仮称)案」の概要
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_4.html

フリースクール等を義務教育として認めてもよいと考える保護者は63.2%──義務教育に関する意識調査
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_3.html

黒柳徹子著『窓ぎわのトットちゃん』とフリースクール
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_2.html

多様な教育機会確保法(仮称)制定を目指すフリースクール等院内集会2015年6月16日東京都千代田区
http://r-takayama.at.webry.info/201506/article_1.html

不登校に関する調査研究協力者会議「不登校児童生徒への支援に関する中間報告<たたき台>」
http://r-takayama.at.webry.info/201505/article_1.html







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