コミュニティ解放論・社会構成理論(人間関係2)──地域社会学I2012年12月21日

12月21日の授業では、先週に引き続き、シカゴ学派社会学が示した都市の人間関係に対する批判と修正を見ていきました。先週のコミュニティ存続論の批判は、比較的単純なものです。コミュニティは失われたというシカゴ学派の主張に対して、コミュニティと呼べる人間関係を都市で見いだして、「ほら、都市においてもコミュニティは存続しているよ」という批判ですから。基本的に、「ある」ことの証明は「ない」ことの証明よりも簡単です。

今回のコミュニティ解放論の主張は、存続論にくらべ、新しい視点が含まれています。すなわち、「都市においてもコミュニティは存続しているが、それは従来のコミュニティとは違うかたちである」という主張です。どこが違うかと言えば、「ネットワークとしてのコミュニティ」というとらえ方です。交通通信が未発達な社会では、コミュニティと呼べるような親密な人間関係が形成・維持されるには、直接会って一緒に活動することが必要でした。すなわち、人びとが物理的な空間を共有する必要があったのです。しかし、交通通信が発達したおかげで、コミュニティはそうした制約から解放されて、ネットワークとして存在できるようになったのです。すなわち、普段は遠く離れていても、親密な人間関係が形成・維持されるようになったということです。つまり、「近くの誰かよりも、遠くの誰かのほうに親密さを感じる」ということが、交通通信の発達した現代社会においては珍しくないという視点です。

授業の後半は、社会構成理論を紹介しました。これは、都市の人間関係をもたらす「因果関係」に対する批判です。ガンズの論文「生活様式としてのアーバニズムとサバーバニズム」を紹介しましたが、ワースの有名な論文「生活様式としてのアーバニズム」をもじったタイトルであることは一目瞭然です。ガンズは、人口密度が高いインナーシティで多様な生活様式が観察できること、そして、人口密度の高いアウターシティと人口密度の低い郊外で擬似一次的関係と呼べる共通の人間関係が観察されること、の2点から、人口の規模・密度・異質性が都市的生活様式をもたらすというワースの主張を批判します。もし、ワースが言うように人口が生活様式を決定するならば、インナーシティでは同一の生活様式が観察され、アウターシティと郊外では異なる生活様式が観察されるはずだからです。

ガンズは、人口ではなく、「階級・階層」「ライフサイクル(生活周期)段階」による生活様式の違いに着目します。たとえば、ライフサイクル段階で言えば、親と住んでいた幼い頃は近所の人と仲が良かったが、若い独身時代はご近所づきあいをしなくなり、結婚して一軒家を買い子育てをするようになったらご近所づきあいが復活したというような周期です。つまり、ガンズが言わんとしていることは、「コミュニティが喪失したように見える地区は、若い独身の人の構成割合が多い地区に過ぎなくて、人口密度が高いということが原因ではない。同様に、コミュニティが存続しているように見える地区は、子育て中の家族の構成割合が多い地区に過ぎなくて、人口密度が低いということが原因ではない」ということです。もしそうだとすれば、ワースのように都市を人口学的特徴から定義してそこに見られる生活様式を「都市的」と形容することは誤りということになります。「それゆえ、社会学者は、生活様式が都市的だとか郊外的生活様式だとかいうことはできない」(Gans 1962: 644=2012: 82)。これがガンズの結論となります。


講義ノートはこちら(MS Word, 52Kb)
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講義ノートテキスト版
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20121221地域社会学I(人間関係2コミュニティ解放論・社会構成理論)

シカゴ学派社会学への批判と修正4
──都市の人間関係への批判と修正2──


コミュニティ解放論(森岡 2004: 42)
 交通・通信手段の発達によって、人びとの間の親密な絆は、空間的な制約から解放され、広域分散的なネットワークの形で存在している。
 現代社会では、人びとは、親密な人間関係の基礎にあった「空間の共有」という制約条件から解放された


ウェルマンによるカナダのトロントにおける住民ネットワークの研究(Wellman 1979; 松本 1995)
 ウェルマンの論文「コミュニティ問題──イースト・ヨーク住民の親密なネットワーク」(1979年)

コミュニティへの問い(community question)
 「大規模な社会システム上の分業は、第一次的紐帯ひとつひとつの性質や全体の組織のされ方にどのような影響を与えるか」(Wellman 1979=2006: 160)
 独立変数「社会システムの大規模な分業」 → 従属変数「第一次的な絆(=コミュニティ)の組織と内容」
 都市において、社会システムの大規模な分業が進展

コミュニティへの問いに対する3つの答え
 コミュニティ喪失論──シカゴ学派
 産業的・官僚的分業が、第一次的な関係を衰退させた
 「喪失論は、こうした社会における分業体制がコミュニティの連帯を衰弱させてきたと主張する」(Wellman 1979=2006: 162)
 コミュニティ存続論──ホワイトら
 産業的・官僚的分業にもかかわらず、第一次的な関係は存続している
 「近隣や親族の連帯は産業的・官僚制的社会システムにおいても依然として力強く繁茂しているという主張である」(Wellman 1979=2006: 163-4)
 コミュニティ解放論──ウェルマン
 今日、第一次的な関係は、まばらに編まれ、空間的に分散している
 「いまや第一次的紐帯は密に編まれた単一の連帯へと束ねられているのではなく、まばらに編まれ、空間的に分散し、枝分かれした(ramifying)構造をもつようになっている、と解放論は主張する」(Wellman 1979=2006: 166)
 空間に準拠した集団としての伝統的なコミュニティから、空間を越えたネットワークとしてのコミュニティへ

調査の概要(Wellman 1979=2006: 168-9)
 調査対象
 カナダのトロントのイースト・ヨーク地区(人口10万4645人=1971年)に居住する18歳以上の成人845名(1968年のランダム・サンプリング調査のデータ)
 イギリス系がほとんど
 上級労働者階級および下級中流階級が多く暮らす
 都市部に近い郊外
 小さな一軒家、もしくは、高層集合住宅
 トロントでもっとも住民の連帯が強いと言われている
 トロントのようす
 カナダで第1の金融・商業・工業の中心地
 カナダの首都は、オタワ
 五大湖の一番東にあるオンタリオ湖に臨む
 多様な民族および文化で構成された国際都市
 人口248万1494人(2001年)、都市圏人口426万人(1996年)
 トロント・ブルージェイズ
 唯一のカナダのメジャー球団
 調査方法
 調査票調査(survey)が基本
 フィールドワークとインタビューも補足的にもちいた
 質問項目
 同居していない人のなかから、もっとも親しいと思う人を6人挙げてもらい、親しさの順位・その人との交際状況などを調べる
 さらに、親しさの順位、その人との関係、性別、社会経済的地位、住んでいる場所、交渉頻度、その人間関係で可能な援助の種類など

発見された知見(Wellman 1979=2006: 169)
 ほとんどの人(98%)の人が、1つ以上の親密な絆を回答
 大多数(61%)は、5つかそれ以上の親密な絆を回答

表5-1 回答者との関係ごとにみた親密な関係の強さ(Wellman 1979=2006: 170)
 伝統的な親密な人間関係のうち、親類関係は現在も継続しているが、近隣関係は衰退した
 近隣関係の代わりに、友人関係が、重要な親密な人間関係になった。
 標本全体で見ると、全体のほぼ半分が「親類」(kin)
 もっとも強い親密な絆は、直接的な親類(成人した子どもadult children、両親parents、兄弟姉妹siblings)=伝統的な連帯の絆
 近所の人(neighbor)および同僚(co-worker)は、親密さを感じていても、比較的弱い
 親密な人間関係が、親類もしくは友人のいずれかに特化しやすい
 親類関係のない人よりも親類に対して強く親密さを感じている
 親密な絆でさまざまな基礎(親類、友人など)と、親密な人たちのグループ間の関係のなさは、コミュニティ解放論を支持するが、親類関係の重要度の高さは、コミュニティ存続論を支持

表5-2 回答者との関係ごとにみた親密な相手の居住地(Wellman 1979=2006: 172)
 居住地の比較的近い人を挙げた人は少数派
 多くの親密な人は、トロント大都市圏に暮らし、同じ近所に住む親密な人はわずか13%。同じ近所よりも、大都市圏が、実質的な交際範囲。
 4分の1は、トロント大都市圏以外に暮らす
 遠くの親密な人には、親類が多く、友人は少ない

小括
 イースト・ヨーク住民が持つ親密な人間関係は、親密さの深い順に、
 (1)広域に展開する親族ネットワーク(特に、親子関係)
 (2)トロント市内と大都市圏を中心とする友人関係
 (3)イースト・ヨークの近隣関係

ウェルマンの結論
 データは、コミュニティ存続論の一部と結びついたコミュニティ解放論を支持
 「現代の社会状況からいろいろな影響を受けているにもかかわらず、データは、存続論のいくつかの側面を支持している」(Wellman 1979=2006: 184)
 「イースト・ヨーク住民が持っている親密な関係は、ひとかたまりの連帯をなしているのではなく、分化したネットワークとなっている点で、私たちの調査知見は解放論の主張にもっともよくあてはまる」(Wellman 1979=2006: 186)


まとめ──コミュニティ喪失論・存続論・解放論
 村落的環境における人間関係では、物理的距離と心理的距離(親密さ)の間に齟齬がなかった。物理的距離の近い人は心理的距離も近く、物理的距離が遠い人は心理的距離も遠かった。
 しかし、シカゴ学派社会学が見た近代的な大都市の人間関係は、物理的距離が近いにもかかわらず心理的距離が遠いというものであった。それは、それまでの村落的環境の人間関係とはまったく違うあり方の人間関係だった。そうした人間関係は、群集と呼ぶことができる。シカゴ学派にとって、コミュニティは失われたと感じられ、都市の人間関係は逸脱的なものと捉えられた。
 そうしたシカゴ学派の都市の人間関係の捉え方に対して、ホワイトらのコミュニティ存続論は、都市においても村落に似た人間関係(コミュニティ)が存続していることを実例にもとづいて示した。それは、物理的距離と心理的距離がともに近い人間関係である。
 一方、ウェルマンのコミュニティ解放論は、物理的距離が遠いにもかかわらず心理的距離の近い人間関係の指摘である。交通・通信手段の発達によって、物理的距離が遠くても親密な人間関係の継続が容易になった。親密な人間関係は物理的な距離の制約から解放され、コミュニティも空間的共有という制約から解放された。

物理的距離
近い 遠い
心理的距離 近い 村落的環境における人間関係、コミュニティ存続論 コミュニティ解放論
遠い コミュニティ喪失論 村落的環境における人間関係

 都市の人間関係は、表面的には、バラバラな喪失論的に見えるが、詳しく人間関係を聞き出すと、ネットワークとしての解放論的なあり方が見えてくる
 コミュニケーションに積極的で交通通信手段が利用できる人は、都市の人間関係に、解放論的なリアリティを感じるが、コミュニケーションに消極的で交通通信手段が利用できない人は、喪失論的なリアリティを感じるかもしれない



社会構成理論──都市の人間関係をもたらす要因に対する批判と修正

社会構成理論(森岡 2004: 40-1; 松本 1995: 14-5)の概要
 ガンズの論文「生活様式としてのアーバニズムとサバーバニズム」(1962年)
 主張の要点
 都心と郊外、大都市と小さな町などの間で、生活様式に違いがあるわけではなく、どこにおいても、コミュニティは存続している
 社会構成理論とコミュニティ存続論は、一体となって主張されることが多い
 生活様式に違いがあるとすれば、その原因は、性別、年齢、結婚しているかどうか、子どもがいるかどうかなどの「ライフサイクル段階」(生活周期段階)、および、労働者階級か中産階級か、人種や民族はどうかなどの「階級(階層)」といったその地域の住民の構成割合の違いに帰すべきものである
 ワースの言うような都市の生活様式は、人口の規模・密度・異質性から引き出されるのではなく、マスメディアや大量生産体制などの技術的・経済的要因や、都市の階層構造や民族構成などの社会構成上の特徴から引き出される。
 「それゆえ、社会学者は、生活様式が都市的だとか郊外的生活様式だとかいうことはできない」(Gans 1962: 644=2012: 82)


理論図式の違い
ワースの図式
 都市(大規模で高密度で異質的な人口)
       ↓
 都市的生活様式
 人口の特徴が都市的になるほど、空間の共有に基盤をもつ親密で全人格的な第一次的な人間関係の絆から、目的の共有に基盤をもつ合理的で皮相的な第二次的な人間関係の絆へ移行
 アーバニズムの基本的特徴
 社会組織の「機能ごとの分節化と分業」
 人びとの相互作用における「第二次的接触の優位」
 個人の「自由と疎外」
 こうした立場は、後に、生態学的決定論と呼ばれる

ガンズの図式
 個人の社会的属性(ある種の社会的属性をもつ個人が、どういう割合でその地域社会を構成しているか)
 ガンズがあげる重要な社会的属性
 「階級(階層)」「文化的特性」「ライフサイクル段階」「住民の流動性」
 特に、「階級(階層)」と「ライフサイクル段階」を強調
       ↓
 ある種の生活様式(ワースがおこなった人口による都市の定義から導き出されない生活様式なので、都市的生活様式とは呼べない)
 都市においても、コミュニティは存在する
 この立場は、後に、社会構成理論と呼ばれる


ガンズの論文「生活様式としてのアーバニズムとサバーバニズム」(Gans 1962)
ガンズの想定する都市の構造
 ガンズは、同心円的な都市を想定
 内側から、都市(インナーシティ→アウターシティ)→郊外
 インナーシティ:短期滞在者の住む地域。中央業務地区(CBD)の周辺。人口密度が高い。
 アウターシティ:安定した居住地域。労働者や中産階級の家。人口密度が高い。
 郊外:アウターシティの外側。安定した居住地域。人口密度が低い

インナーシティ(Gans 1962: 627-33=2012: 63-9)
 ワースへの反論
 インナーシティの居住者の多くが互いに接触のない人びとから構成されることは事実だとしても、インナーシティには、社会的・文化的な拠り所をもつ比較的同質な集団が多数存在している。そして、それらのグループは、インナーシティの居住者を、人口の規模・密度・異質性がもたらす社会的帰結から守っている。
 インナーシティにおける同質的な5つの集団
 (1)コスモポライト(the cosmopolites)
 学生、芸術家、小説家、音楽家、エンターテイナー、その他の知識人や専門家
 インナーシティにある特別な文化的施設の近くに暮らすために、都心に住む
 多くは、未婚で子どもを持たない
 召使いや住み込み家庭教師を雇える人は、都市で子どもを育てる
 人を雇う経済的余裕がない人は、郊外に引っ越して子どもを育てる。文化的施設から遠いというハンデにもかかわらず、コスモポリタンであり続ける
 たいへん金持ちで権力のある人びともコスモポリタンであり、郊外とインナーシティの少なくとも二箇所以上に住まいを持つ
 自らの選択でインナーシティに住む
 (2)未婚もしくは子どものいない人びと(the unmarried or childless)
 一時的な未婚・子どもなし
 インナーシティに住むのは、限られた期間
 若い人びとは、結婚した当初は、親元から離れて、仕事や娯楽に近いことから、短期滞在者の多いインナーシティに住むが、子どもが産まれると郊外へ引っ越す
 永続的な未婚・子どもなし
 インナーシティに暮らし続けるかもしれない。どこに住むかは、収入に次第である
 自らの選択でインナーシティに住む
 (3)民族的な村人(the ethnic villagers)
 仕事場を除くと、ほとんどの都市の施設と無縁の生活を送っている
 ワースの言う生活様式とは正反対。親類関係や第一次集団を尊重し、匿名性や第二次集団は欠如し、公的組織は弱く、外部から来るものに疑いの目を向ける。
 インナーシティに住むのは、部分的には、伝統による
 (4)剥奪された人びと(the deprived)
 たいへん貧しい人びと、身体的・精神的に障害のある人びと、家庭が崩壊した人びと。それらの多くが非白人
 インナーシティに住むのは、他の選択がないため。
 住宅市場から追放された結果、インナーシティの荒廃した住宅に住まざるを得ない
 少数ながら、スラムに身を隠している人や、アウターシティや郊外に家を買うお金を貯めるために短期的に滞在している人もいる
 (5)取り残された人びとと下降移動者(the trapped and downward mobile)
 商業地区や社会的地位の低い人びとの侵入にもかかわらずその地に残らざるを得ない人びとや、高い社会的・経済的地位を失ってしまった人びと。その多くは、年金で生活している高齢者
 インナーシティに住み続けるのは、他の選択がないため
 小括
 「これらの五つのタイプはみな、密度の高い、異質的な環境に住んでいるものの、生活様式がぜんぜんちがっているので、密度と異質性が共通の影響力をふるっているとは思えない。」(Gans 1962=2012: 67)

アウターシティと郊外(Gans 1962: 633-5=2012: 70-2)
 ワースへの反論
 アウターシティと郊外の生活様式は、共通して、「擬似一次的」(準一次的)(quasi-primary)と記述できる。
 擬似一次的という術語で、近所の人びとの間の人間関係を記述
 擬似一次的関係は、程度や頻度がどのようなものであれ、第二次的関係より親密だが、第一次的関係よりも用心深い
 アウターシティや郊外は、仕事場や経済制度から離れた住宅地なので、第二次的関係が少ない
 小売商店主やストア経営者や行政の職員でさえ、よほど社会的地位が違わないかぎり、知り合いや友だちとして扱われる。
 自発的結社(voluntary association)は、あまり人びとを引きつけず、目的達成よりも社交が重視される。
 こうしたアソシエーションでの人間関係は、第二次的関係とは異なる
 アウターシティや郊外に住む人たちは、誰でも、その地域が、匿名性、非人格性、プライバシーが高いとは感じていない
 実際、アメリカの都市は、小さな町の集まりとして記述されることがある
 戦後の郊外は、もっとも今日的な擬似一次的な生活様式を代表する
 所得の向上や連邦住宅局(FHA)の政策により、下級中流階級や上級労働者階級も、ゆったりとした区画で近代的な一軒家を所有できるようになった
 ガンズのニュージャージー州レビットタウン(Levittown)の予備的調査では、都市から郊外へ引っ越したことによる大きな行動の変化はなかった。起きた変化は、都市もしくは郊外の短期滞在者向けアパートから、一軒家からなる擬似一次的生活の近所に引っ越したことによるもの。そして、生活を変化させた人びとの多くは、意図的に生活を変えたと語っている
 レビットタウン:戦後に大量に供給された大量生産の一軒家が建ち並ぶ大規模郊外住宅地(三浦 1999: 56-80)
 したがって、郊外そのものが、生活様式の変化を生みだしているわけではない

ガンズの小括(Gans 1962=2012: 77)
「(1)生活様式に関して、インナーシティは、アウターシティや郊外とは異なっている。あとの二つは、ワースのアーバニズムとはほとんど類似性のない生活様式を示している。
(2)インナーシティにおいてさえ、ワースの記述に似た生活様式は限られたものでしかない。さらに、経済的な条件、生活周期段階、住民の流動性は、人口量、密度、異質性よりも、生活様式をずっと満足に説明する。
(3)都市と郊外の物理的その他のちがいは、しばしば見かけ上のものであるか、生活様式にとってあまり意味のないものである。」(Gans 1962=2012: 77)
「これらの命題は、都市的とか郊外的とかいった概念が、相互に排他的なものでもなければ、とくに生活様式の理解にとって有意義なものでもない、ということを示している。」(Gans 1962=2012: 77)

ガンズの議論の流れ
人口密度 人間関係(生活様式)
インナーシティ 高い 多様
アウターシティ 高い 擬似一次的
郊外 低い 擬似一次的
 人口密度の高いインナーシティには多様な人間関係や生活様式が観察され、人口密度の高いアウターシティと人口密度の低い郊外では擬似一次的関係と呼べる人間関係や生活様式が観察される。
 したがって、人口が人間関係や生活様式を決定するというワースの主張は誤りである。



参考文献
 森岡清志編著, 2004, 『都市社会の人間関係(改訂版)』 放送大学教育振興会.
 松本康, 1995, 「現代都市の変容とコミュニティ、ネットワーク」 松本康編 『増殖するネットワーク』 勁草書房, 1-90.
 Wellman, B. ,1979, "The Community Question: The Intimate Networks of East Yorkers," American Journal of Sociology 84(5): 1201-31.(=2006, 野沢慎司・立山徳子訳「コミュニティ問題──イースト・ヨーク住民の親密なネットワーク」野沢慎司編・監訳『リーディングス ネットワーク論──家族・コミュニティ・社会関係資本』勁草書房, 159-204.)
 Gans, Herbert J., 1962, "Urbanism and Suburbanism as Ways of Life: A Re-evaluation of Definitions, " Arnold M. Rose ed., Human Behavior and Social Processes: An Interactionist Approach, Boston: Houghton Mifflin, 625-48.(=2012, 松本康訳「生活様式としてのアーバニズムとサバーバニズム」森岡清志編『都市空間と都市コミュニティ』日本評論社, 59-87.)






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森岡 清志編

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