ホックシールド『管理される心』──社会学総論2012年7月6日

7月6日の授業では、ホックシールド『管理される心──感情が商品になるとき』(1983年)を取り上げました。「感情社会学」(sociology of emotion)の事実上の宣言書と評される研究です。この研究の焦点は「感情労働」(emotional labor)と呼ばれるものです。それは、感情を道具として使って賃金を得る労働で、肉体労働や頭脳労働に加えて現代社会で重要性を増してきました。その実例として彼女が調査対象に選んだのが、飛行機の客室乗務員です。客室乗務員に微笑まれて癒やされた経験をお持ちの人も多いと思いますが、その笑顔はあなたに好意があるからではなく、彼女の生活と会社の経営を支えるお金と交換される労働にすぎないのです。こうした感情労働を担うのは、多くの場合、女性です。

「イングランドの無情な壁紙工場で働いていた一九世紀の子どもと、給料のいい二〇世紀のアメリカ人客室乗務員とは、ある共通点を持っている。自分の仕事に従事するために、彼らは自分自身から──工場労働者は彼自身の身体と肉体労働から、客室乗務員は彼女自身の感情と感情労働から──精神的に距離をとらなくてはならない。マルクスやその他の多くの人々が、私たちに工場労働者の物語を語ってきた。私は客室乗務員たちが支払うコストへの認識を促すために、彼女たちの物語を語りたいと思う。また私は、私たちが自分の感情やそれらを管理することから疎外されたときに誰の身にも起こりうることとは何なのかについてこれまで行ってきた実証によって、この洞察を基礎づけたいと考えている。」(ホックシールド 2000: 18)

感情労働をするときは、心から笑えないときであっても、「笑顔」を絶やすわけにはいきません。笑顔ができなくなれば、その仕事を辞めなければいけなくなるかもしれないからです。自分の真の感情を抑え込んで「笑顔」を作り続ければ、精神的な不調を引き起こすこともまれではないでしょう。喜怒哀楽の瞬間に「自分」というものを感じるように、感情は人格に深く関わります。そうならないための戦略の一つは、その笑顔を「演技」として割り切り、心の奥底にある「本当の自分」を守ることです。しかし、そうした二重の生活もけっして楽なようには思われません。

ホックシールドは、客室乗務員の研修を参与観察したり、航空会社の役員などにインタビューしたりすることで、感情労働の諸相を明らかにしています。感情労働も、お客とのやりとりのなかで「つながり」を感じることができれば、やりがいになるように思われます。しかし、彼女が描くのは、経営者側が客室乗務員の感じ方や感情の表し方に介入する姿だったり、客室乗務員の笑顔へ嫌な反応を返すお客に傷つけられる姿だったりします。サブタイトルにある「感情の商品化」の帰結とは、金銭との引き替えによる一方通行的な感情の管理と提供のように思われます。

「かつて私的なものであった感情管理の行為は、今では人と接する職業における労働として売られている。かつては私的に取り決められていた感情規則や感情表現は、今では企業の業務規定部門によって定められている。かつては個人の特性であり、そこから逃げることもできた感情交換は、今では一般化され、避けることのできないものとなってしまっている。個人の生活ではめったになかった交換が、ビジネスの世界では常になされることになった。そして乗客たちは、お金をもらっている以上やり返す権利を持たない客室乗務員たちに、むき出しの怒りをぶつけるのは当然の権利だと思い込んでいる。全体として、個人の感情システムは商業的な論理に従属させられて、そして変容させられてきたのである。」(ホックシールド 2000: 213)

日本でも、看護師、ケースワーカー、ヘルパー、リハビリテーション専門職、秘書、学校教師などを対象にした感情労働の研究が進められています。


講義ノートはこちら(MS Word, 44Kb)
https://1drv.ms/w/s!Au4k6YKQM1eZgY5npoa5yzam8Ld1lA


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講義ノートテキスト版
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20120706社会学総論(ホックシールド『管理される心』)
ホックシールド『管理される心』1983年
──参与観察とインタビュー
調査企画
 「イングランドの無情な壁紙工場で働いていた一九世紀の子どもと、給料のいい二〇世紀のアメリカ人客室乗務員とは、ある共通点を持っている。自分の仕事に従事するために、彼らは自分自身から──工場労働者は彼自身の身体と肉体労働から、客室乗務員は彼女自身の感情と感情労働から──精神的に距離をとらなくてはならない。マルクスやその他の多くの人々が、私たちに工場労働者の物語を語ってきた。私は客室乗務員たちが支払うコストへの認識を促すために、彼女たちの物語を語りたいと思う。また私は、私たちが自分の感情やそれらを管理することから疎外されたときに誰の身にも起こりうることとは何なのかについてこれまで行ってきた実証によって、この洞察を基礎づけたいと考えている。」(ホックシールド 2000: 18)

調査の背景
 3つの労働
 肉体労働
 身体を道具として使って賃金を得る労働
 工場で自動車を生産、建設現場でビルを建てる
 ブルーカラー
 頭脳労働
 頭を道具として使って賃金を得る労働
 売り上げデータを集計、書類を作成
 ホワイトカラー
 感情労働
 感情を道具として使って賃金を得る労働
 顧客が家庭的雰囲気を味わえるように気配りや配慮をする
 ホックシールドが本書で取り上げる感情労働の例
 飛行機の客室乗務員──親切と笑顔
 借金の集金人──猜疑や怒り
 第3次産業が中心となった現代では、感情労働の比重が高まっている
 肉体労働
 機械やロボットに代替され、先進国では、労働者数は減っている
 頭脳労働
 コンピュータや通信技術の発達によって、一部の頭脳労働が代替されるようになってきた
 感情労働
 機械やコンピュータでは代替できない人間のみができる労働
 現代社会において、相対的に重要度が増している
 ホックシールドの推計では、現代アメリカ労働者の3分の1が、感情労働を要求する仕事に従事(ホックシールド 2000: 12)
 感情労働(emotional labor)の定義
 「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行う感情の管理」(ホックシールド 2000: 7)
 「感情労働は賃金と引き替えに売られ、したがって<交換価値>を有する」(ホックシールド 2000: 7)

感情労働をめぐる問題意識と調査テーマ
 企業での感情労働はどのようにおこなわれているか
 感情労働におけるお客と労働者のやりとりは、具体的にどのようなものか──労働者と顧客の関係
 感情労働をおこなう労働者は、どのように育成されているのか──労働者と管理者の関係
 「労働者と顧客と管理者」という三極構造における相互作用(安部他 2011: 103)
 感情労働が労働者にもたらす影響は何か
 感情は人格と深く関わるので、感情を労働の道具とする感情労働は、労働者の人格に影響をあたえる
 「この労働を行う人は自分の感情を誘発したり抑圧したりしながら、相手のなかに適切な精神状態──この場合は、懇親的で安全な場所でもてなしを受けているという感覚──を作り出すために、自分の外見を維持しなければならない。この種の労働は精神と感情の協調を要請し、ひいては、人格にとって深くかつ必須のものとして私たちが重んじている自己の源泉もしばしば使いこむ」(ホックシールド 2000: 7)
 労働者のメンタルヘルス
 うつ病やバーンアウト(燃え尽き)、そして、自殺
 ただし、近年の研究では、感情労働が顧客との人間的なつながりを生みだし職務満足感を高めるといった感情労働の肯定的側面も評価されている(安部他 2011: 103)
 感情労働を主に担ってきた女性の役割はどのようなものか
 「感情作業を得意とする人は、男性の中では少々特殊であり、一方、女性の中ではごく平均的である。<私的な>慣習的感情文化に従った「女らしい」行動の技術が公的な場へ出ていくと、そこには別の損得計算表が待っている。」(ホックシールド 2000: 22)

著者について(ホックシールド 2000: 296)
 Arlie Russell Hochschild(1940~)
 カリフォルニア大学で博士号取得
 カリフォルニア大学バークレー校社会学部教授
 「感情社会学」という新しい分野を切り開いた理論家であるとともに、女性の就労を取り巻く社会問題への実践的な取り組みをおこなってきた実践家でもある
 著書
 『セカンド・シフト第二の勤務──アメリカ共働き革命のいま』朝日新聞社1990年
 『タイム・バインド(時間の板挟み状態) 働く母親のワークライフバランス──仕事・家庭・子どもをめぐる真実』明石書店2012年


調査設計(ホックシールド 2000: 13-8)
 学生の調査──私的感情システム
 ねらい
 性別や社会階級の異なる人びとは、それぞれどのように感情を経験し、それを管理するのか
 方法
 1974年、カリフォルニア大学バークレー校の二つのクラスで、2616人の学生に質問紙調査(自由記述)をおこなう
 「あなたにとって重要であり、あなたが深い感情を経験した実際の出来事について述べなさい」
 「あなたにとって重要であり、あなたが自分の感情に適するようにまわりの状況を変化させたり、あるいは状況に合わせて自分の感情を変化させた、というような実際の出来事についてできるだけ詳しく、かつ具体的に述べなさい」
 結果
 学生たちは「管理された感情」について語ってくれた
 「回答者たちはしばしば感情<に対して働きかける>行動について語った。すなわち、好きに<なろうとする>、恋心を<ふっきろうとする>、うれしいと<思うように努める>、落ち込まない<ようにする>、怒りを<抑える>、悲しい気持ちに<なることを許す>、といった言い方である。」(ホックシールド 2000: 14)
 「感情作業」の概念は、この調査から発展していった
 客室乗務員の調査──公的感情システムの表側
 ねらい
 感情労働に対する要求はどこまで進みうるのか。
 「最高の研究所を持った、組合のない南部の会社に焦点を当てることによって、私たちは訓練された感情管理という「商品」への需要が高度化する様相を知ることができるのである。」(ホックシールド 2000: 15)
 性別と仕事の関係を理解する
 感情労働を担うのは主に女性
 方法
 デルタ航空を調査対象に選定
 デルタ航空は、現在、世界第2位の航空会社(1位はユナイテッド航空)
 デルタを選定した理由
 他の航空会社よりもサービスを奨励している
 機内業務訓練プログラムが業界で最高水準である
 労働組合が弱いので、労働者に対する会社側の要求が強い
 具体的方法は下記を参照
 集金人の調査──公的感情システムの裏側
 ねらい
 猜疑心や怒りでわざと客の立場を潰すような感情労働を見る
 客室乗務員は、それとは対照的に、親切によって乗客の地位を高める感情労働をおおこなう
 方法
 デルタ航空の請求部チームをはじめとする5人の集金人にインタビュー
 ただし、本格的な規模の調査はおこなっていない


データ収集(客室乗務員の調査のみ)(ホックシールド 2000: 14-7)
 アメリカ南部にあるデルタ航空で、参与観察およびインタビューを実施
 新人客室乗務員におこなう初任者研修、および、規則で定められた再研修に参加
 副社長など20人の役員へのインタビュー、7人の客室乗務員へのスーパーバイザーにグループインタビュー、など
 デルタ航空の研究を補足するデータ
 パンアメリカン航空で客室乗務員の採用活動を観察
 他の航空会社の客室乗務員30人にインタビュー
 アメリカン航空の職員組合役員5人にインタビュー
 客室乗務員50人を診療したセックス・セラピストにインタビュー
 パンナム航空のパイロット2人にインタビュー


データ分析
感情労働を分析するための概念
 私的な社会生活において感情を管理する必要性
 「私的な社会生活では常に感情の管理が必要とされていると言ってもよい。パーティに集まった客はホストに対して楽しい気持ちになる義理があるし、会葬者は葬式の場に適した悲しみを呼び起こす。一人一人が、集団のためによかれと、つかの間の捧げ物として自分の感情を差し出しているのだ」(p.19)
 上記のように、人びとが感情を管理することによって、その人びとが参加している社会的場面が、それらしいものとして、円滑に進行していく
 =社会秩序が達成される
 感情システム──感情が社会生活のなかで適切に表出されるための仕組み
 感情作業
 感情が状況と一致するように管理・調整する作業
 感情規則
 ある状況において感じるべき適切な感情について、社会的に定められた規則
 感情の交換
 質量ともに適切な感情を交換することによって、互酬性を保ち、人間関係を円滑に保つ
 感情作業(第3章)
 感情が状況に一致しない場合、感情が演技される
 表層演技
 適切な感情表現を演技していることを、当人が意識し、もっともらしく見えるよう努力する
 深層演技
 適切な感情表現をするために、類似の状況を参照する(感情記憶)などして、必要な感情を誘発し、それにもとづいて感情表現をする。
 当人は演技をしている自覚は低い。演技の努力は必要ない
 制度的な感情管理
 社会は、人びとが適切な感情を表現できるよう、そのひな形を社会的に用意する
 舞台、小道具、監督など
 感情規則(第4章)
 ある状況において適切な感情を、適切な継続期間、強さ、時期、位置づけなどとともに、定めた規則
 「感情規則は、感情の交換を統制する権利や義務の意識を作り上げることによって感情作業を導く」(ホックシールド 2000: 65)
 感情規則を認識するのは、「自己が自身の感情をどのように査定しているのかを調べ、他人が自分の感情表現をどのように査定しているかを推測し、そして自分自身や他人が発するサンクションを確認することによってである」(ホックシールド 2000: 65)
 「感じていること」と「感じるべきこと」のズレがポイント
 感情の交換(第5章)
 互酬性の原則
 例:仕事を手伝ってもらった対価として、感謝や尊敬の念を示す
 感情の交換が適切におこなわれない(互酬性が成立しない)と、心理的な負債(罪悪感)を負う
 罪悪感は、感情規則を内側から支持し、規則に従った感情を表すようにうながす(約束手形)
 絆が深い関係では、互酬性は、より間接的になる
 不平等な関係では、下位者は、上位者により多くのものを捧げる

私的な感情システムの変異(transmutation)──感情労働の誕生
 私的な感情システムが、巨大組織や社会的管理技術や利潤追求の動機に支配されるようになること(ホックシールド 2000: 20)
 「使用価値」しかもたなかった私的文脈における「感情作業」や「感情管理」が、賃金と引き替えられる「交換価値」をもつ公的文脈における「感情労働」に変異すること(ホックシールド 2000: 7)
 会社が、個人の感情を、お金を得る道具(手段)としてもちいること(道具主義的スタンスの広がり)(ホックシールド 2000: 21)
 類似例
 それまでタダだった水が、「おいしい水」としてペットボトルに入れられて販売される
 1983年、ハウス食品「六甲のおいしい水」は、家庭用ミネラルウォーターの先駆け(現在はアサヒ飲料の商標)
http://minekyo.net/index.php?id=7&show=flg&p=#type1026_type303_7_1
 変異による感情システムの3要素の変化(ホックシールド 2000: 137)
 感情作業
 「個人的な行為から、一方で購入され他方で販売される、公的な行為となる」(ホックシールド 2000: 137)
 感情規則
 「もはや単に個人の自由裁量や、他者との個人的な交渉に任された問題ではなくなる」(ホックシールド 2000: 137)
 マニュアルや研修課程、スーパーバイザーの講義の中で、公然と定義づけられる
 感情の交換(社会的やりとり)
 乗客と客室乗務員という細い水路に限定される
 その帰結
 「かつて私的なものであった感情管理の行為は、今では人と接する職業における労働として売られている。かつては私的に取り決められていた感情規則や感情表現は、今では企業の業務規定部門によって定められている。かつては個人の特性であり、そこから逃げることもできた感情交換は、今では一般化され、避けることのできないものとなってしまっている。個人の生活ではめったになかった交換が、ビジネスの世界では常になされることになった。そして乗客たちは、お金をもらっている以上やり返す権利を持たない客室乗務員たちに、むき出しの怒りをぶつけるのは当然の権利だと思い込んでいる。全体として、個人の感情システムは商業的な論理に従属させられて、そして変容させられてきたのである。」(ホックシールド 2000: 213)

客室乗務員のエスノグラフィー(第6章)──感情労働の典型的事例
 ねらい
 客室乗務員は、感情システムへの会社の介入を、どのように受け入れるのか
 経営者側が、客室乗務員の感じ方や感情の表し方の規則を決める
 ときとして自分をだましながら、経営者側が決めた感じ方や感情の表し方を商品として売る
 客室乗務員は、そうした会社の介入に、どのように対応(抵抗)するのか
 客室乗務員は、会社の介入にしたがうだけの受動的な存在ではない
 客室乗務員の位置づけ
 航空会社間の競争を勝ち抜くための顧客サービスの最前線に立つ
 「優雅な礼儀作法と温かい人間的もてなしをする女性の典型とみなされている」(ホックシールド 2000: 107)
 「表現と感情の不一致」(感情的不協和)に悩む。上記のような女性として自己を表現したいが、なかには嫌な客もいる
 感情的不協和を解消するには、職務上、顧客に対する表現を変えるわけにはいかないので、感情のほうを変えざるを得ない
 客室乗務員に求められる性格──採用の基準(ホックシールド 2000: 110)
 顔の表情は「誠実」で「自然」であるべき
 謙虚な、しかし親しみを感じさせる笑顔
 全体としては機敏で注意深く、過度に積極的ではないが無口でもない
 社交性に富むが、感情が噴出することはない
 落ち着きと釣り合いのとれた熱意をもつ
 高ぶらず、冷静だが、陽気
 会社に依存させる(ホックシールド 2000: 114)
 厳しい新人研修をおこなう
 8時30分から4時30分まで講義を受け、夜は毎日テスト勉強。週末はフライト訓練。早朝講演。
 「客室乗務員になりたい人間は掃いて捨てるほどいる」と伝える
 外には、あなたの仕事をやりたがっている人が5000人いる
 永年勤続者の権限を得るまで、転勤を繰り返させる
 会社は、従業員を3万6000人かかえた一つの家族として、助け合っているという感覚を植えつける
 「根無し草だと感じていた新人は、この温かい新しい家族に取り込まれるのであった。感謝の念によって、忠誠心の基礎が固められる」(ホックシールド 2000: 116)
 客室乗務員への会社の介入(ホックシールド 2000: 116)
 身体的な外見への介入
 アルコールを飲み過ぎたりドラッグを使ったりすれば解雇
 寮を一晩中外出していれば解雇
 客室乗務員としての標準体重を超えれば解雇
 テストでは平均90%とらねば辞職
 ただし、これらの規則は、他の航空会社に比べると厳しくない
 深い信念への介入
 宗教や政治的信念には、会社はいっさい介入しない
 「感情」への介入の程度は、「身体的な外見」と「深い信念」の中間的な水準
 感情管理への会社の介入──自宅の居間というアナロジーの利用(ホックシールド 2000: 120-4)
 「デルタの訓練プログラムの中に最も浸透した訓戒は、訓練生が(彼女が働いている)飛行機の客室にありながら、あたかもそこが(彼女が働く必要のない)自宅であるかのように振る舞う能力に対するものだった。訓練生たちは、乗客を<まるで>『自分の家のリビングルームにいる個人的なお客様』であるかのように考えるよう求められた」(ホックシールド 2000: 120-1)。
 初対面の乗客を自分の知り合いの誰かにどれくらい似ているかを考え、もしその人が自宅を訪ねてきたらどのようにもてなすかを想像して、乗客に接する。客室乗務員は、ホームパーティのホステス役。
 乗客からクレームを言われたら、自分の家族をかばうように、会社をかばう
 乗客への怒りを抑える対処法──表現でなく感情を変える(ホックシールド 2000: 130)
 乗客の事情を想像する(深層演技)
 乗客はただの“子ども”で注目されたいだけと考える(ホックシールド 2000: 127)
 飛行機が怖くて神経質になっていると考える
 過去にさまざまなトラウマがあったと考える(ホックシールド 2000: 26)
 会社の用語で言い換える
 「不快な客」「とんでもない客」 → 「制御されない客」「扱いを間違えた客」(ホックシールド 2000: 128)
 責任所在の特定を避ける言い方
 「事故」 → 「できごと」(ホックシールド 2000: 129)
 もう少しで乗客から逃げられると考える
 「あと30分、あと29分、あと28分・・・」(ホックシールド 2000: 131)
 攻撃的でないかたちで怒りを表出する(ホックシールド 2000: 131)
 怒りをかみ砕くように氷を噛む
 トイレの水を何回も流す
 何かひどい仕返しをしてやろうと想像する
 同僚に愚痴る
 感情労働の監督(ホックシールド 2000: 134)
 乗客から会社に、客室乗務員のサービスについて手紙が送られる(苦情・感謝)。それは、職員ファイルに記載され、報酬や懲罰のかたちで帰ってくる
 こっそり機乗する会社の私服スーパーバイザーの報告と評価
 会社による乗客の意見調査
 スーパーバイザーによる注意や忠告
 感情システムの変異の失敗(ホックシールド 2000: 140-5)
 航空会社間の競争激化による飛行の高速化により、客室乗務員と乗客が接触できる時間が急速に短くなり、事実上、感情労働をおこなうことが不可能になる
 トラブルが増え、なだめなくてはいけないいらだちが増大し、なされるべき感情作業も増えているにもかかわらず、客室乗務員の数は減っている
 「高速化が進み、非人間的なスピードで個人的な、人間味のある接客をするように要求されるようになると、彼女たちは感情作業を切り詰めるようになり、次第に気持ちがそこから離れていった」(ホックシールド 2000: 145)
 それでも感情労働を強いる会社への客室乗務員の反応(ホックシールド 2000: 145-152)
 身体的外見への統制に対する反対要求
 体重制限について裁判所に訴える(ホックシールド 2000: 146)
 笑顔を見せなくなる──怠業(ホックシールド 2000: 146-7)
 乗客「どうして君は笑わないの?」
 客室乗務員「そうね、こうしましょう。まずあなたが笑ったら、それから私が笑うわ」
 乗客が笑いかける
 客室乗務員「いいわ。じゃあ、止まって。そのまま15時間動かないで」
 感情労働を拒否する──怠業(ホックシールド 2000: 148-9)
 深層演技をやめて、表層演技へと退く──ロボットになる
 客室乗務員の怠業の特殊性
 「もし、舞台仲間が監督や衣装デザイナーや劇作家に対して抵抗するなら、その抵抗はほとんどが間違いなくストライキ──完全な演技拒否──という形をとるだろう。しかし、航空業界では劇は続けられる。衣装が徐々に変えられ、セリフは少しずつ短くなり、演技のスタイル──笑顔の意味を決める唇の端や、頬の筋肉の動かし方、そして精神的な営み──そのものが変容していくのである」(ホックシールド 2000: 151)
 感情労働による自己の再定義
 自己と仕事の切り離し (ホックシールド 2000: 155)
 「本当の自己」と「仕事の上で演技する自己」を乖離させ、「本当の自己」を守ろうとする
 「労働者は、自分がまったくコントロールできないような膨大な数の人々に対して深層演技をするように要求されると、守りの姿勢をとる。この状況で自尊の意識を守り抜く唯一の方策は、その仕事を『幻想作り』として定義し、仕事から自己を引き離し、軽く考え、真剣にならないようにすることである」(ホックシールド 2000: 155-6)
 感情システムの変異による帰結=感情の「シグナル機能」の喪失
 「変異システムが作動しているときには、労働者は感情が持つシグナル機能を失う危険性がある。一方、それが作動していないときは、感情表出が持つシグナル機能を失うおそれがある」(ホックシールド 2000: 23)
 感情は、自分自身がどのような状態にあるのか、他人がどのような状態にあるのかを知らせてくれる(=シグナル機能)
 「不安」という感情は、「憤怒を抱え込みすぎたときのような内部からの危険や、侮辱行為が忍耐の限界を超えて、私たちに屈辱を感じさせるおそれがあるときのような外部からの危険を知らせる」(ホックシールド 2000: 31)
 感情のシグナル機能が失われると、自己を破壊したり、他人と関係を結ぶのが困難になったりする
 感情労働における疎外

調査結果の公表
 「感情社会学」(sociology of emotion)の事実上の宣言書であり、その後の社会学における感情研究を大きく方向づけてきた
 日本で感情労働を研究する分野には、社会学、看護学、経営学、経済学、心理学、福祉学、理学療法学、秘書学、教育学などがあり、調査対象として、看護師、ケースワーカー、ヘルパー、リハビリテーション専門職、秘書、学校教師などがある(佐藤・今林 2012)


原典
 ホックシールド, 2000, 『管理される心──感情が商品になるとき』(石川准・室伏亜希訳)世界思想社

参考文献
 安部好法・大蔵雅夫・重本津多子, 2011, 「感情労働についての研究動向」『徳島文理大学研究紀要』(徳島文理大学) 82: 101-6.
 佐藤麻衣・今井宏典, 2012, 「感情労働の本質に関する試論──A.R.Hochschildの所論を中心として」『川崎医療福祉学会誌』 21(2): 276-83.



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