社会学総論20110722後半(モラン『オルレアンのうわさ』)

7月22日の社会学総論(後半)は、インタビュー法の実例その2ということで、モラン『オルレアンのうわさ』(1969年)を紹介しました。1969年5月~6月に、フランスのオルレアンで街中に広まった「女性誘拐のうわさ」が調査の対象です。そのうわさは、おおよそ「若い女性がユダヤ人経営のブティックの地下にある試着室に入ると、催眠性のある薬品を嗅がされたり薬物を注射されたりして、前後不覚になったところを誘拐され、外国の売春宿に売り飛ばされていく」というものでした。

モランは、同年7月に5名の調査者とともにオルレアンを訪れ、3日間現地調査をおこなっています。その際もちいられたのは、非構造化インタビューです。モランらは、公的地位に就く人たちのほか、オルレアンの街に暮らす一般の人びとにも多数インタビューをおこなっています。

うわさは、当初想定された反ユダヤ主義的な目的をもつものではありませんでした。モランは、うわさを生み出し広めた原動力を「性的なもの」と考えています。

1960年代の再開発により、オルレアンの街並みが変わっていきます。街の中心部に出現した若い女性向けのおしゃれな服をあつかうブティックは、そうした変化の一つでした。その一方で、遊び場所も少ない地方都市の思春期の女の子たちは、性的なものへの関心と不安をエロティックな女性誘拐のうわさとして話し始めました。若い女性の服装の変化に良からぬ印象をもっていた年長の女性たちは、うわさを否定せずに、「気をつけなさい」と注意をします。それでかえって、うわさが信憑性をもつことになります。

すなわち、性的な関心と不安にもとづく若い女性のうわさが、街の変化による漠とした不安をもつ人びとに共有され、ユダヤ人の陰謀という尾ひれとともに加速度的に増殖し、大騒動に発展したと言えます。



講義ノートはこちら(MS Word, 32Kb)
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講義ノートテキスト版
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2011072202社会学総論(モラン『オルレアンのうわさ』)

モラン『オルレアンのうわさ』1969年
──インタビュー法②

調査企画
 1969年5月~6月に、オルレアンで、女性誘拐のうわさが街中に広まる
 うわさ:「若い女性がユダヤ人経営のブティックの地下にある試着室に入ると、催眠性のある薬品を嗅がされたり薬物を注射されたりして、前後不覚になったところを誘拐され、外国の売春宿に売り飛ばされていく」
 モランは6月7日の『ル・モンド』第3面「オルレアンで女性消える」という見出しの記事で、この事件について知る。
 うわさがすっかり消え去ってしまう前に調査をしたい。
 オルレアン(Orleans)
 フランス中央部のごく平均的な都市、パリから約100km
 1968年の人口は約17万人(1953年から6万人増加)、現在は約12万人
 ジャンヌ・ダルクの街
 5世紀の英仏戦争のとき、200日間イギリス軍に包囲されていたオルレアンをわずか10日間で救ったのが、神の啓示を受けたという羊飼いの少女ジャンヌ・ダルク
 うわさの経緯
 うわさの誕生は、5月中旬
 うわさが、もっとも猛威をふるったのは、5月31日(土)
 6月7日に、日刊夕刊新聞「ル・モンド」紙に、うわさについての記事が載る
 6月9日頃、知的な週刊誌が記事で取りあげる
 調査の問い
 「同じような多数のうわさのうち、オルレアンでだけ異常なうわさの進展が生じたのはなぜか」(モラン 1980: 24)
 1960年代、オルレアン以外の都市でも、同様の女性誘拐のうわさが発生した
 リール、ヴァランシエンヌ、ルーアン、ル・マン、アンジェ、トゥール、ドゥーエ、ポワティエ、リモージュ、グルノーブル、トゥールーズ
 エドガール・モラン(Edgar Morin, 1921年~)
 フランスの社会学者
 「現在あるものの社会学」(できごとの社会学)を提唱
 「できごと」「事件」は「構造」と対立する概念
 戦後のフランス社会科学では「構造分析」が主流となるが、1968年の五月革命を期に「できごと」に着目する社会分析が生まれる


調査設計
 調査費用
 調査費用は、ユダヤ系の「統一ユダヤ社会財団」が5000フランを提供した(モラン 1980: 171)。
 調査期間
 現地調査は1969年7月7日(月)から9日(水)の3日間
 リセ、女学校、大学などがヴァカンスに入っていることに気づく(モラン 1980: 173)
 調査チーム
 モラン+5名の若い共同研究者からなる合計6名の調査チーム
 各々が異なる種類の人びとを手分けして話を聞く
 調査しながら考える
 うわさという短時間で消え去る現象が調査対象だったため、調査を思い立ってから、現地調査をするまでの時間が短かった。
 「調査の場面のさなかで、方針や戦略が立てられ、仮説をつくりまたそれを修正していくという形の調査が、進められていった」(モラン 1980: 10)
 事前に調査設計をきちんとおこなってから調査をおこなうのではなく、現地で調査をしながら調査設計を考えていく。
 ルポルタージュに似ているが、体系性や反省性、調査チームでの意見交換、報告草案作成までの多大な時間といった点でルポルタージュとは区別される


データ収集──非構造化インタビュー
 調査方法──非構造化インタビュー
 調査票をもちいない非指示的な対話を積み重ねる
 テープレコーダーをもっていったが、結局使わない
 「社会学のディナー」(モラン 1980: 9)
 調査の鍵となる人びととラポールを築き、調査対象に対する基礎的な情報を得る
 「調査のとっかかりをつくるための、食事をともにする儀式」(モラン 1980: 205)
 人種差別に反対する組織の活動家、土地の新聞の記者、うわさによる直接の被害者、大学教授などをディナーに招待し、歓談しながら調査テーマ(うわさ)に関連する話を聞く。
 調査テーマに関連する話を引き出すための話題を事前に準備
 例えば、女性調査員「私もですよ、私もパリである試着室にいたことがあるのですが、そのときのことからすると……」など(モラン 1980: 205)
 「このディナーの席は、相互の間での遠慮や気兼、内部への閉じこもりや抑制などのオードブルから始まったが、最後には事件を迫真的に語るというデザートで終わったのである」(モラン 1980: 9)
 「社会学的な底さらい作業」(モラン 1980: 9)
 一般の人びとへの非構造化インタビュー
 「社会学のディナー」を終え、一般の人に話を聞く必要性が認識された
 5名の若い共同調査者たちが、若い人向きの酒場(ビストロ)、美容院などにおもむき、かなり大雑把な仕方で人物を選び、直接にインタビューする
 会える機会は最大限利用し、あるいはその人物を介して次の人物へと知り合いの人物を探っていった(雪だるま式サンプリング)
 調査員としてではなく「一般人」として普通の会話から始めて、次第に調査テーマに関係ある話にもっていく
 若い女性(少女)たちから話を聞くために、調査チームの二人は、長髪でヒッピー風のネックレスをしていった

調査の進め方
 別紙「『オルレアンのうわさ』調査の過程」を参照


調査結果の公表
うわさのサイクル
 第一段階:ふ化
 1969年5月10日から20日
 思春期の少女や若い女性が、うわさの培養器となる
 当初、うわさが名指ししたのは「ドルフェ」の一軒のみ
 最初のうわさは「ドルフェの店で、二人の女性が見えなくなった」
 第二段階:拡大=増殖
 5月20日から27日
 若い女性たちから大人たちへ伝わる
 うわさが広まるとともに、さまざまな尾ひれがつく
 さらわれた女性の数は60人。ドルフェ一軒だけで28人が消えた
 ドルフェだけでなく、シェイラ、アレクサンドラン、フェリックス、プティ・ヴェフィス、D・Dの合わせて六軒が誘拐グループと組む
 アレクサンドランを除いて、すべてユダヤ人が経営する店
 うわさを聞いた大人(特に女性)たちは、うわさを否定するのではなく、うわさの内容を肯定し、これらの店に対して憤激する
 子どもたちに、それらの危険な店に行かないように注意する
 そのためにかえって、うわさが信憑性をえる
 うわさの反ユダヤ的性格が激しくなり、具体的になる。
 その一方で、うわさを聞いた男子生徒、父親、夫、職場の男性たちは、架空の話ではないかと割り引いて聞く。だが、うわさを否定はしない
 第三段階:転移
 5月29日(木)から31日(土)
 話半分で聞かれていたうわさが、はっきり店を名指しした告発・非難に変化する
 進化するうわさ
 これらの店は地下通路でつながっている
 店の主人たちは、夜になると、ロワール川を船(潜水艦)で上がってくる専門の誘拐者たちに「積荷」(女性)をわたす
 警察が誘拐者を逮捕しなかったり、新聞が報道しなかったりするのは、地下の世界を支配するユダヤ人に買収されているからだ
 30日(金)に、名指しされた店の主人たちが、うわさの存在を知る
 31日(土)、店のある中心街は、怒っている人たちによってたいへんな騒ぎになる。ドルフェ、シェイラ、フェリックスの3店の周りには、騒がしい人だかりができる
 6月1日(日)は、大統領選挙(1回目の投票)
 第四段階:反撃と収束
 6月2日から10日
 5月30日、リシュ(ドルフェの主人)が保護を求め、またユダヤ人社会の代表(レヴィ氏)の働きかけを受けて、県と市当局も対策を取らないわけにはいかなくなった。しかし、実際に対策に動くのは、6月1日の大統領選挙の翌日(2日)から。
 6月2日、人種差別に反対する全国的な二つの組織「人種主義と反ユダヤ主義に反対する国際連盟」(LICA)と「人種主義と反ユダヤ主義に反対する平和のための運動」(MRAP)が、オルレアンの事件を取りあげる。
 6月2日、地方日刊新聞に、うわさを批判する手厳しい短い記事が載る
 7日以降、パリを本拠とする中央紙も、厳しく批判する記事を掲載する
 6月3日、初めてのコミュニケ(公式声明)が公表される。3日から9日にかけて、続々とコミュニケが発表される。
 第5段階:残留物と病菌
 6月10日以降
 「あれは語らぬにこしたことはない」という抑制の時期が来る
 次いで、人びとがきれいさっぱり忘れる時期が来る
 6月15日を過ぎると、ニュースが一つ二つ表れる程度になる
 7月に入ると、反対キャンペーンも下火になる
 しかし、モランが調査をした7月初旬には、元のうわさの解体から生じた小うわさがたくさん見られ、さまざまなところでうごめいていた
 「アレクサンドランで若い女性をさらうというのは本当らしい」
 「とくに熱心にふれてまわった人のなかには、ドイツ人も一人いるそうですよ」
 「みんな私たちに対して、何か隠している」「火のないところに煙は立たない」

なぜオルレアンでだけ異常なうわさの進展が生じたのか
 当初言われていた「反ユダヤ的なうわさ」の事件ではなかった
 すべてのユダヤ人がうわさのターゲットになったわけではない。また、うわさのターゲットになったのは、フランス人社会に同化してユダヤ的な特徴をもたなくなった人のみだった。
 うわさを信じた人は、必ずしもユダヤ人に対する偏見をもたない
 「反ユダヤ的なうわさ」という性格づけは、うわさの被害を受けた人びとが、うわさに対抗するために作り出したもの
 「反ユダヤ主義は良くない」という人びとの常識に訴えかけて、「うわさを信じる人=人種差別主義者」という図式にもとづいて、うわさを無効なものにする
 結論:「若い女性が不良やヤクザにだまされて、外国の売春宿に売り飛ばされる」という昔からあるフォークロア(民間伝承)の現代版
 1960年代の都市再開発による変化
 誘拐がされる舞台の変化
 昔:マルセイユ人やコルシカ人のヤクザが経営するいかがわしい裏町のバー
 今:ユダヤ人が経営する洗練されたしゃれたブティックの試着室
 なじみの秩序の崩壊
 人口急増のため、端正なまとまりのある都市空間が、混沌とした得体の知れないものへ変わっていった
 「性的なもの」が、昔からのフォークロアに命をあたえ、うわさとなって出現する
 遊ぶ場所が限られた地方都市の少女たちがもつ性的なものへの興味と恐れ
 若い女性たちの性的な解放に対する年長世代の不安と羨望
 ミニスカート
 誘拐の手段
 睡眠薬を注射される、あるいは、睡眠薬入りのボンボンをあたえられる
 「無理矢理眠らされた」という言い訳のもと、性的な快楽をえる
 注射器で睡眠薬を入れられる=セックスのイメージ
 試着室
 カーテン1枚で区切られた内でも外でもない空間で服を脱ぐことは、性的な想像をかきたてる



原典
 エドガール・モラン, 1980, 『オルレアンのうわさ──女性誘拐のうわさとその神話作用 第2版』(杉山光信訳)みすず書房.

参考文献
 杉山光信, 1989, 「モラン『オルレアンのうわさ』」杉山光信『現代社会学の名著』中央公論社(中公新書), 116-130.
 エドガール・モランほか, 1980, 「調査日記──抜粋」『オルレアンのうわさ──女性誘拐のうわさとその神話作用 第2版』(杉山光信訳)みすず書房, 169-292.
 杉山光信, 1998,「モラン『オルレアンのうわさ』」『社会学文献事典』弘文堂, 166-7.




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