富山病院看護学校社会学20110601(映画『カッコーの巣の上で』後半)

この日の授業では、1960年代アメリカの精神病院を舞台とする映画『カッコーの巣の上で』の後半を観ました。ほのぼのとした前半とは異なり、後半は「電気ショック療法」「自殺」「殺人」と、気分が悪くなってしまいそうなシーンが続きます。時間がなかったので、映画を観たあとは、ラストシーンについて私から簡単に解説しました。チーフ(身体のでかいネイティブ・アメリカンの男)が主人公のマクマーフィを窒息死させてしまうラストシーンは、一回観ただけではなかなか理解できないと思ったからです。

このラストシーンを理解する鍵は、いわゆる「ロボトミー」と呼ばれる手術です。これは、脳の前頭葉に外科的な処置をすることによって、取り扱いに窮する難治の精神病を治療する手術法です。1930年代に始まったこの手術は、感情の鈍麻、知能や創造性の低下など重大な人格荒廃を招くことが判明し、1975年には日本精神神経学会が「ロボトミーは医療としておこなうべきではない」という旨の決議をしています(黒田浩一郎編『現代医療の社会学』231-234頁)。


チーフがマクマーフィを殺したのは、マクマーフィがこのロボトミー手術を受けたことを知ったからでした。映画の画面が暗いのでわかりにくいのですが、よく見ると、マクマーフィのおでこに手術の跡が見えます。チーフはその手術跡を見た瞬間、「このマクマーフィは、自分に勇気をくれたあのマクマーフィではない」と悟ったのだと思います。

チーフは精神病院に入院している間、皆を騙して、耳が聞こえず口もきけないふりをし続けています。セリフから推察すると、かつてリーダーシップを発揮していたチーフの父親は、次第に酒におぼれるようになり、最後には虫けらのように殺されています。チーフは、そうした恐ろしい世界から逃避して、不自由であっても生命だけは保障される精神病院でひっそり暮らすことを選択したのだと思われます。

マクマーフィの出現は、チーフに、こうした小さな生き方への疑問を呼び起こさせるものでした。マクマーフィの言動は、「自分の生きたいように生きなくて、何のための人生なんだ」というメッセージを強烈に伝えてきます。マクマーフィに感化されたチーフは、「病院を脱出して、マクマーフィと一緒にカナダに行こう」と決心しました。しかし、まさに決心したその時、チーフはマクマーフィがロボトミー手術を受けたことを知るのです。別人格になったマクマーフィを残して自分だけカナダに行くのはあまりにも不憫だと思ったのでしょう。チーフはマクマーフィを殺すことを選択したのです。


ところで、ロボトミー手術を考案したモニスは、1949年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。ノーベル賞はたいへん権威のある賞です。この受賞は、「人間の知性には限界があり、誤りうる危険性を常に意識しておかねばならない」ということを象徴しています。今、教科書に書かれていることも、「あれは間違っていた」と後世になって言われるかもしれません。「絶対」と言い切れることは世の中になかなかないのです。


マクマーフィにロボトミー手術をした『カッコーの巣の上で』の病院は、悪徳病院のように思うかもしれません。しかし、1960年代当時としては、かなり良心的な病院だと思われます。善意にもとづいて病院が運営されているのもかかわらず、こうした悲劇が引き起こされてしまう。それこそが、この映画の醍醐味なのかもしれません。社会学が好む「意図せざる結果」というアイロニーを、この映画からも感じていただきたいと思います。



講義ノートはこちら(MS Word, 18Kb)
http://dl.dropbox.com/u/22647991/20110601%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E7%97%85%E9%99%A2%E7%9C%8B%E8%AD%B7.docx


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講義ノートテキスト版
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20110601富山病院看護

映画『カッコーの巣の上で』2

映画『カッコーの巣の上で』後半70分を観る

ある治療法の盛衰
 精神外科(黒田 1995: 231-4)
 いわゆる前頭葉ロボトミー
 歴史
 1940年代から1950年代前半:最盛期として世界的規模で流行
 1950年代半ばまでに、世界で10万人が手術されたと推測される
 1970年代:患者の人格を荒廃させるとして忌避されるようになり、クロールプロマジンなどの向精神薬による薬物療法に取って代わられる。
 創始者
 E・モニス
 1935年、サルの前頭葉と精神機能の因果関係を述べた国際神経学会の報告に着目し、1936年までに、20人の「精神障害」患者に前頭葉分離手術を行う
 1937-1938年に、9編の論文と1冊の単行本を発表
 1938年、リスボンで、第1回国際精神外科学会が開催
 1949年、ノーベル医学・生理学賞を受賞
 最先端と呼ばれる治療法も、後に否定されたり、新しい治療法に取って代わられたりすることがありうる
 知識や技術の「正しさ」を盲信してはいけない。どこかに、「もしかしたら間違っているかもしれない」という批判的な態度を残しておかねばならない。どのような知識も、誤りが証明されるまでの「仮説」にすぎない。


参考文献
 黒田浩一郎編, 1995, 『現代医療の社会学』 世界思想社.




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