多様な教育機会確保法案をめぐる主な声明等

多様な教育機会確保法案(義務教育の段階に相当する普通教育の多様な機会の確保に関する法律案)について、2015年5月27日に「座長試案」が発表された後に発表された主な声明等をまとめました。すべてを網羅していないとは思いますが、議論の参考になれば幸いに思います。紹介した順番は、声明等が公表された日付の古い順です。引用は、引用者が一部省略しています。下線等の強調は引用者が削除しています。誤字はそのままにしてあります。





不登校・フリースクール等関係者有志「ちょっと待った!多様な教育機会確保法案緊急アピール」(2015年6月11日)
http://foro.blog.shinobi.jp/Entry/285/

「(前略)試案では、保護者が学校以外で学ぶことを選んだ場合、「個別学習計画」を作成し教育委員会に申請し、教育支援委員会(新設)が審査・認定すれば、就学義務の履行と認め、保護者に経済的支援をするとしている。いわば、教育バウチャーである。
 「年齢、国籍を問わず、教育機会を多様に確保する」という法案の趣旨に異論はない。これまでの画一化された学校教育が多様化する必要性もあるだろう。しかし、示された法案には、さまざまな懸念がある。拙速を避け、国会への提出より前に、以下の論点を含め、充分に論議を尽くすことを求める。
 1.義務教育民営化への懸念
 法案は、フリースクールと夜間中学校を支援対象としているが、教育バウチャーとなった場合、塾産業が参入してくることが考えられる。たとえば2004年の構造改革特区では、株式会社立の学校が相次いで設立された(ほとんどは広域通信制高校)。しかし一部の広域通信制高校では、教員ひとりに対する生徒数が多すぎる、レポート添削がマークシートのみ、事務体制の不備、管轄自治体が実態を把握していないことの問題などが、文科省の調査によって指摘されている。アメリカやイギリスにおいては、「教育改革」の名のもと、教育の民営化=商品化が進んだことで、格差拡大など、さまざまな問題が起きていることも指摘されている。教育領域の市場化が何をもたらすのか、きちんとした検証が必要だろう。
 2.権利主体は誰にあるのか?
 法案は、保護者に学習の場の選択権をゆだねている。しかし、子どもと保護者のニーズは必ずしも一致するとはかぎらない。保護者と子どものニーズが対立的である場合は想定されるべきだろう。子どもの意見表明権(国連子どもの権利条約12条)が充分に確保される必要がある。また、学校側からのニーズによって、保護者や子どもの意志に反して、学校から排除されるケースが生じないか、懸念される。
 3.不登校への「支援」になるのか?
 多くの子どもたちが不登校となる背景に、子どもたちが教育評価的なまなざしでのみ自分のことを見られることに疲弊しているという問題がある。不登校は、その視線からの撤退だとも言える。フリースクールなどの役割は、その撤退を保障するという面があり、いわば「居場所」としての機能を果たしてきた。多様な教育機会を保障するといっても、それが成果主義になるのであれば、教育評価の視線が細分化することで、かえって子どもは逃げ場を失ってしまうだろう。(後略)」



NPO法人フリースクール全国ネットワーク・多様な学び保障法を実現する会「多様な教育機会確保法(仮称)の今国会での成立を期す要請文」(2015年6月16日、多様な教育機会確保法(仮称)制定を目指すフリースクール等院内集会にて)
http://freeschoolnetwork.jp/wptest/wp-content/uploads/2015/06/0616yousei.pdf

「(前略)私たちは、この法案に大きく賛同する立場から、今国会の成立を期し、次の事を要請いたします。
 1.この法案の目的及び基本理念は大変良くできており、ひとりひとりの子どもの多様な学びを支援すること、国の責務が明記されたこと、基本方針を定める際、民間団体その他の関係者の意見も聞く、と位置付けられたことなど高く評価しております。なかでも、学校以外の場で学習することが正式に認められようとしていることは、いじめその他様々な事情で不登校となっている子どもとその保護者にとって、学び場が多様な教育機会の中から選べることになり、教員も無理に学校へ戻すのでなく、その子にあった選択を共に考えることになり、子どもの学ぶ権利がより前進すると考えられ、大変歓迎しております。
 2.ここでご理解いただきたいのは、不登校の子が学習する学習場所は、座長試案に示された「自宅」、「フリースクール等」、「教育支援センター」だけではなく、サドベリースクール、インターナショナルスクール、自主夜中、外国人学校などさまざまな場所で学んでいるのが実態であり、フリースクール等の「等」に入っているかもしれませんが、多様な学び場に線引きできないことをご理解いただきたいと思います。
 3.個別学習計画の作成にあたりましては、子どもの意思やニーズが最も尊重され、その子の個性や意欲を伸ばすため、多様性と柔軟性を持った支援としておこなわれること、ひとりひとりの子が安心と信頼を持って、学習計画作成に参加できるようになることを期待しています。したがって個別学習計画を審査する教育支援委員会には、多様な学びのあり方を理解し、支援できる人材の配置をお願いいたします。
 4.学習支援に際して、家庭訪問が定期的に行われる案になっています。確かに虐待などの発見にも必要でありますが、過去の経緯から、子どもや保護者が恐怖感や拒否感を持っている場合には、その他の方法も考えながら幅を持って行われるようにしていただきたいと考えます。
 5.経済的支援は、今日重要であり、子どもの貧困問題はフリースクールでも直面しており、四苦八苦しつつ、子どもを支えてきました。一人ひとりの子どもが安心して学んでいけるように、学校教育と格差なく行われる支援が望ましいと考えます。ぜひ、具体的な財政措置がなされるよう切望いたします。」



公教育計画学会理事会「「多様な教育機会保障法案」の根本問題」(2015年6月15日)
http://koukyouiku.la.coocan.jp/20150615tayounakyouikukikaihosyouhouan.pdf

「(前略)確かにこの「多様な教育機会保障法案」に関して、長年にわたり不登校の問題に関わってきたNPO法人の関係者、あるいは夜間中学校の問題に関わってきた人々から支持する意見が多数表明されている。公立の設置者主体を除き、不登校を支えてきた諸組織の多くがこれまで、財政的に受ける援助が少なく、多くが組織主宰者やスタッフのボランティア精神によって支えられてきたことから、今回の法案に一筋の光明を見る思いになることは十分に共感できる。
 しかしながら、今回の「多様な教育機会保障法案」には、以下のような問題点がある。
 1)法案が言う「多様な教育機会」とは、何のためのそして誰のための「多様な教育機会」かが全く不明確である。「多様化」という耳触りのより言葉は、子どもや保護者にとっての福音なのか。「多様化」というスローガンを前提に展開する昨今の教育政策の目論見は、規制緩和であり、市場化の導入でしかなかったこと踏まえれば無批判に多様化を肯定できない。市場化の原理は、個人の選択を基軸にして、結果を常に自己責任に帰着させる論理である。今回の法案化の具体化には教育バウチャー制度の導入が意図されていることがその端的な証拠である。
 2)法案が想定している「個別学習計画」の作成と市町村教育委員会が認定し、学習の質の保証を前提に定期的に訪問し、助言するとする制度構成に問題がある。「多様な教育機会」を謳いながら、実際には学習計画の立案や学校教育モデルを前提にして教育機会をとらえる発想でしかない。公権力を通して子どもの自由な学びを棄損し、制限するのであれば、それは多様な教育機会を保障することではないはずだ。
 3)この法案は、今、ユネスコなどが展開している人権を基盤とした「万人のための教育(Education for All)」の取り組みが、子どもたちを何らかの理由を付けて主流(メインストリーム)の教育から排除(エクスクルージョン)するのではなく、さまざまな違いのある子どもたちを包摂(インクルージョン)することを原理とする方向性とは逆向きになっている。これでは、いま政権がすすめようとする教育制度の複線化を補完し、特別支援教育を強化することになる。」



公教育計画学会緊急研究集会「「多様な教育機会確保法案」(仮称)の基本的問題を考える」(2015年7月22日)
http://koukyouiku.la.coocan.jp/20150722mineimemo.pdf

「(前略)Ⅱ 当面の対案
1.世界的な原則になりつつあるインクルーシブ教育を制度化し、外国籍のこどもも障害のある子どももすべての子どもが普通学級で普通教育を受けることを基本とする。(中略)
2.保護者の「就学義務」制度は従来通りし、例外として、一条校以外の場で普通教育を受けることを認める。(中略)
3.家庭やフリースクールでの普通教育を例外として認めた場合、「学校化」にもならず、教育バツチャー制導入にもならないようにするには、学校外あるいは社会での教育の場を確保し、そこに対して公的支援を行う。そのため、フリースクールは社会教育施設あるいは社会教育関係団体とし、家庭学習の場合には社会教育施設・社会教育関係団体や生涯学習施設・機関との連携をすすめる。(中略)
4.「学校化」は望まないが、しかし、就職との関係で「学歴」を必要とする場合には、現行の資格認定制度を利用する。(中略)
5.外国籍の人々を含む義務教育未修了者に対しては、確報法案とは別の形で、夜間中学設置を促進するとともに、現行法でも、小中学校で義務教育未修了者を受け入れることが可能であることを踏まえ、その手だてを拡大していくこと手だてを考えるべきである。(中略)
<上記提案をめぐる議論>
1.不登校問題の大きな原因になっている「貧困」問題の検討が必要ではないか。
2.約12万人存在しているといわれる不登校の子どもたちでフリースクール等(400~500あると言われている)に通っている子どもたちは約2000人程度と言われている。残りの11万人強の子どもたちへの支援はどう考えられているのか。
3.1979年度から実施された養護学校義務化のことが思いだされる。義務化の結果、それまで就学義務猶予・免除されていた子どもが養護学校に行けるようになった半面、それまで普通学校で学んでいた子どもたちが養護学校へと行かされるようになったことである。多様な場が用意されることで、普通学校に「適応できないとみなされる」子どもたちが出てくるのではないか、心配である。
4.フリースクール等に関しては、むしろ、小規模の私立学校として認知し、そこに対して機関補助すべきである。
5.家庭の貧困などで不登校状態のなる子どもが増えていることを考えると、むしろ「学校」に通えるようにすることが適切な場合もあるのではないか。」



不登校・ひきこもりを考える当事者と親の会 ネットワーク代表 下村小夜子「「義務教育の段階に相当する普通教育の多様な機会の確保に関する法律案」(多様な教育機会確保法案)に反対する声明文」(2015年8月)
http://ftk.blog.jp/archives/41020162.html

「 私たちは、学校で傷つき、疲れ果て、学校に行かれなくなった子どもの姿から、不登校の子どもが条件をつけられずにゆっくり家庭で休むことを第一に保障されること、家庭が子どもにとって安心して過ごせる居場所であることが子どもの命を守ることだと学んできました。(中略)
 この法案は、不登校になって家庭を唯一の居場所にする子どもとその保護者に対して、教育委員会が直接介入し、学習計画の作成とそれに従った「学習活動」を求め、家庭を学校化する危険性のある法案です。不登校の子と親に、今よりもさらに大きな圧力がかかることが強く懸念されるため、私たちはこれに反対します。
 私たちは、「まず、不登校をするわが子のありのままの姿を受け入れる」ことを原点に、以下のことを「子どもの最善の利益」と考え、子どもたちとともに歩んできました。
 1.子どもたちに、家などの安心できる環境でゆっくり過ごすことを保障すること。
 学校で、いじめや、体罰をふくむ不適切な指導によって傷つき、学校での居場所を奪われた子どもたちが、不登校をし、心の傷をいやし、失ったエネルギーを回 復しているのです。子どもたちは「安心して学校を休む権利」を必要としています。「休息する権利」は、「国連子どもの権利条約」でも認められています(第31条第1項)。
 2.何をどのように学び、育っていくかは、子どもたち自身が決めること。
 子どもたちには、何をどのように学び、育つかを自分で選び、決める権利があり、大人はそれをサポートする義務があります。大人が一方的に「教育」「学び」 の内容を定め、子どもにおしつけることは、あってはなりません。子どもは生きる営みの中で多くのことを学び、成長の糧とします。私たちは子どもたちが学校 の外で学び、育つ権利を保障されることを求めつづけています。
 しかし、この法案は、子どもの学びと育ちの権利を大きく侵害する法案になっています。とくに第四章「個別学習計画」に関する下記の内容は、家庭の中に学校教育的視点を入りこませ、家庭を学校化するものです。いじめに傷つき、懲罰的指導などでトラウマを負った子どもは、PTSDなどで勉強に手をつけられない状態におちいるときがあります。教育委員会の圧力を受けた親が家庭学習を強いたら、親子の対立が激化し、自傷他害の悲劇が起こる可能性があります。(中略)
 子どもにとって唯一の私的な空間であり、「休息する場」「生きる場」であるはずの家庭を「教育の場」として位置づけ、家庭を学校化し、子どもを管理しようとする、この法案(とくに第四章)の撤回を要求します。」

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