ガンズ『都市の村人たち』1962年──地域社会学II2011年10月26日

今週の地域社会学IIで紹介した研究は、都市社会学の古典の一つと言われるガンズ『都市の村人たち──イタリア系アメリカ人の階級文化と都市再開発』(1962年、改訂版1982年)です。これは、アメリカのボストン中心部に位置するウェストエンド地区に暮らすイタリア系移民2世の社会生活を参与観察によって明らかにした研究です。そこには、ガンズが「仲間集団社会」と呼ぶものが存在していました。そこでは、親族や友人を中心とした社交を基盤に「村」のような生活が繰り広げられています。まるで江戸の長屋暮らしのようです。疎遠な人間関係が基調と考えられていた大都会の中心部に「村」を発見したことが、このガンズの調査研究の面白さの一つです。

もう一つの興味深い点は、そうしたウェストエンド住民が、再開発による立ち退きに対して反対運動を組織できなかったことです。温かい人間関係と安心をあたえていた仲間集団社会は、その内向き志向ゆえに、外部の世界で進められていた再開発に鈍感になってしまったのです。再開発に反対しようとしたときにはすでに手遅れで、住民たちは高い家賃のアパートに引っ越しを余儀なくされ、夜な夜なおしゃべりをしていた近所の仲間たちは散り散りになってしまいます。ガンズは、その住民のニーズを無視した再開発の過程を、怒りを垣間見させながら描いています。

講義ノートにある参与観察の話は、時間が足りなくなって授業では扱えませんでした。


講義ノートはこちら(MS Word, 43Kb)
https://1drv.ms/w/s!Au4k6YKQM1eZ90RvVLsnQZy-Q_zm


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講義ノートテキスト版
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20111026地域社会学II(ガンズ『都市の村人たち』)

ガンズ『都市の村人たち』1962年

原題
 Gans, Herbert J., 1962, The Urban Villagers: Group and Class in the Life of Italian-Americans, The Free Press of Glencoe.; Updated and expanded ed. 1982, The Free Press.


調査地・時期・対象・手法
 調査地:アメリカのボストン中心部に位置する「ウェストエンド」地区
 スラムと呼ばれる低所得者層が多く住む地域
 調査時期:1957年10月から1958年5月(8ヶ月)
 調査対象:ウェストエンド地区に暮らす「イタリア系アメリカ人」
 調査手法:参与観察
 都市再開発への住民の適応過程を研究する精神医学的プロジェクト(アメリカ合衆国公衆衛生局・国立精神衛生研究所のPHS助成金3M9137)の一環として実施される


著者ガンズについて(寺岡 2008: 172-3)
 1927年、ドイツ生まれ。1940年、ナチスから逃れるために渡米。
 1950年、シカゴ大学社会科学部で修士号を取得し、都市計画関係の仕事に就く。
 1957年、ペンシルベニア大学都市計画学科で博士号を取得。
 ペンシルベニア大学やマサチューセッツ工科大学などで、都市計画と社会学を教える。
 1962年、『都市の村人たち』
 1967年、『レヴィットタウナーズ』
 低所得者用に販売された大規模な郊外住宅における参与観察
 1971年、コロンビア大学社会学科の教授


『都市の村人たち』の目次
 第1部 序論
 (調査研究の舞台となったウェストエンド地区の概要紹介)
 第1章 ウェストエンド──都市の村
 第2章 ウェストエンドのイタリア人たち──場所、階級、文化、社会構造
 第2部 仲間集団社会
 (ウェストエンドの社会的世界の諸特徴が仲間集団社会(peer group society)という視点から描かれる)
 第3章 家族
 第4章 仲間集団と個人
 第5章 コミュニティ
 第6章 外部世界──労働、教育、医療
 第7章 ケア提供者──外部世界からの伝道者
 第8章 政治家──外部世界への使節
 第9章 消費財とマスメディア──外部世界の選択的受容
 第10章 変化する仲間集団社会
 第3部 ウェストエンド住民とアメリカ社会
 (ウェストエンドの人びとが階級文化の観点から論じられる)
 第11章 労働者階級、下層階級、および中産階級の下位文化
 第12章 階級下位文化の評価とそれが計画およびケア提供にもつ意味
 第4部 エピローグ
 (ウェストエンドの再開発問題とその帰結が描かれる)
 第13章 ウェストエンドの再開発
 第14章 再開発の計画と過程にかんする評価


『都市の村人たち』内容紹介
ウェストエンドの概要
 ウェストエンドの風景=表面的にはスラムそのもの
 「狭い曲がりくねった街路と、その両脇に接する3階ないし5階のアパートメント・ビル」(ガンズ 2006: 2)=共同賃貸住宅(tenement)
 外部の人が来ない地域
 「あえてその地域に入っていくなら、ヨーロッパからの移民のように見えるお年寄りや、非常に貧困な人びとと、おそらく精神病を患っているような人びと、街角に集まっている少数の不機嫌そうな青少年や若い大人たち、そしておそらくおもにイタリア人、ロシア系ユダヤ人、ポーランド人、アイルランド人の血をひいている多くの中年の人びとを目にすることになろう」(ガンズ 2006: 2)
 「私が最初にウェストエンドを訪れたときの印象は、まるでヨーロッパにいるようであった。狭くて不規則に曲がった通りに高いビルが立ち並んでいて、イタリア系やユダヤ系のレストランや食料品店があり、天気のよい日には多様な人びとが通りに集まっていた。これらのすべてが、この地域に外国風のエキゾチックなおもむきをかもしだしていた。同時に私が気がついたことは、空き店舗が多く、入居者がいないために荒廃している共同賃貸住宅や、ゴミが投げ捨てられている地下室や路地があり、完全にさびれたいくつかの通りに面して荒れ地があることであった」(ガンズ 2006: 8)
 「都市の村」(ガンズ 2006: 3)=スラムではない
 移民の第1世代と第2世代が多い地区
 「顔なじみの人間関係や親族の強い絆があり、互助の精神が生きる空間」(寺岡 2008: 168)
 社会経済的水準は低く、未熟練・半熟練の肉体労働者が多い
 「都市のジャングル」(ガンズ 2006: 3)
 「生活は、いくらかいっそう移ろいやすく、残酷ではないとしても憂鬱である」(ガンズ 2006: 3)
 独身者、病理的な家族、世間から身を隠している人、不法なサービスの提供者
 スキッド・ロウ(ドヤ街)、テンダーロイン(歓楽街)、赤線地帯などと呼ばれる
 ガンズの調査対象は「都市の村」

ウェストエンドの都市の村の住民たち
 移民第2世代のイタリア人が多い
 住民たちの生活の3領域(ガンズ 2006: 28-9)
 第一次集団
 家族と仲間集団
 第一次集団=「仲間集団社会」(ガンズの言葉)
 「第一次集団が仲間集団社会であるのは、ウェストエンド住民の諸関係のほとんどが仲間との関係、すなわち同じ性別、年齢およびライフサイクル上の位置にいる人びとのあいだの関係であるからである。この社会は、通常、仲間集団と結びついている友人関係、派閥、インフォーマルなクラブ、ギャングなどをふくんでいるが、家族生活もある」(傍点原文)(ガンズ 2006: 29)
 第二次集団
 イタリア人機関、自発的結社、社会団体
 仲間集団社会の働きを支援する機能をもつ
 ガンズは「コミュニティ」と呼ぶ
 「私がこの用語をもちいるのは、ウェストエンドやボストンよりもそれがウェストエンドの住民のコミュニティであるからだ」(傍点原文)(ガンズ 2006: 29)
 外集団
 さまざまな非イタリア人機関、政府など
 「ウェストエンドやボストンやアメリカにあるさまざまな非イタリア人の機関で、ウェストエンド住民の生活に作用しているものを含んでいる」(ガンズ 2006: 29)
 ガンズは「外部世界」と呼ぶ

仲間集団社会の特徴(第2-4章)
 中産階級の家族と異なり、夫婦より同性の仲間集団への帰属感が非常に強い。
 「子どもは核家族のなかで生まれる。しかし、早いうちから彼または彼女──女の子は男の子よりもそれが起こるのは遅いけれども──は、ますます多くの時間と忠誠を、街頭と学校で出会う仲間に転移させる」(ガンズ 2006: 29)
 「事実、派閥の影響力はとても強いので、両親も学校の教職員も、自分たちの価値を仲間集団のなかで教わる価値に対抗させるのは困難であると不平を言う。性別に分かれた派閥は、青春後期か成人初期まで個人への影響力を維持しているのである」(ガンズ 2006: 30)
 「デートは、思春期以降──もしくはそれより早いこともある──の中産階級の子どもたちが入るふたりの個人間の異性関係であるが、ウェストエンドの住民のあいだではめったにない」(ガンズ 2006: 30)
 「仲間集団の支配力は、結婚すると一時的に壊れる」(ガンズ 2006: 30)
 「結婚すると、カップルは仲間集団を離れる。しかし、短期間のうちに、しばしば第一子が生まれたあとになると、かれらは双方とも再び仲間集団生活に戻るのである」(ガンズ 2006: 30)
 「このように家族成員と友人の組み合わされたものが、ライフサイクルの残された期間をいっしょに過ごす仲間集団として機能しつづけているようである。こうして、婚姻パートナーの各自が、彼または彼女の仲間たちのほうに遠心的に押し出されていく。これに比べると、中産階級の家族は、求心的に夫婦を近づけるのである」(傍点原文)(ガンズ 2006: 31)
 家族のなかの性別役割分担は強固
 「夫の主要な役割は家計を支えることであり、妻は過程と子どもにかんするあらゆる活動に責任をもつ」(ガンズ 2006: 40)
 成人のウェストエンド生活の基盤にあるのは、仲間集団の社交生活である
 「ウェストエンド住民にとって、社交生活は、家族成員と友人からなる比較的変化の少ない仲間集団による定期的な集まりであって、それは週に数回開かれるものである」(ガンズ 2006: 60)
 「仲間集団は、ウェストエンドに無数にあるアパートメントの台所や居間で、定期的に集まる。公式な招待や事前のお知らせがあるということはない。人びとは、週に一回以上、定期的に夕方になるとやってくる」(ガンズ 2006: 62)
 「話は何時間もつづき、翌朝早くから仕事があったとしても、深更に及ぶこともしばしばである」(ガンズ 2006: 62)
 「男女は、一晩中、ほとんど分離したままである」(ガンズ 2006: 62)
 「仲間集団の会話における話題の数は比較的少ない」(ガンズ 2006: 62)
 「助言が交換されるが、問題解決への体系的な試みは少ない」(ガンズ 2006: 62)
 「私がいつも驚いたのは、最も差し迫った問題であると私が考えていたこと──再開発と移転──にはあまり関心が集まらなかったことである」(ガンズ 2006: 63)
 「ニュースの交換は、多くの機能をもっている。それは、その場にいる仲間集団成員とその場にいない仲間集団成員に起こっていることについて、人びとに最新の情報をもたらし、この大きな集団における報告者と聞き手の位置を定義し再定義する。それはまた、社会統制をもたらす。なぜなら、逸脱行動について報告され、くまなく評価されるからである」(ガンズ 2006: 63)
 「ウェストエンド住民は、集団のなかで生活しており、ひとりでいることを好まないということだ」(ガンズ 2006: 65)
 仲間集団への所属によって個性の表明が可能になる
 「とはいえ、仲間集団が重要であるのは、たんにこのたいへん望ましい社交と帰属感をこの集団が提供しているからというだけでなく、それが成員たちが個人であること、そして個性を表明することを可能にしているからでもある。事実、人びとがそのようにできるのは仲間集団のなかだけである」(ガンズ 2006: 65)
 「事実、仲間集団生活は多くの点で、他の社会において第一次的関係を記述するモデルとして提供されてきた凝集的で緊密に編まれた集団とは正反対である。それは、尊敬、権力、そして地位を求めて「画策する」諸個人の猛烈な競争である」(ガンズ 2006: 66)
 集団内での見せびらかしの欲求
 仲間集団の人間関係の基本は「自立」と「平等」
 「ウェストエンドの住民が集団のなかで多くの生活をおくっているという事実にもかかわらず、かれらは援助を求めて集団に依存することができないし、そうしたくないと感じている」(ガンズ 2006: 68)
 「親密な友人や親類のあいだでは、財やサービスは自由に交換され、義務は潜在的なままにとどまる」(ガンズ 2006: 69)
 「仲間集団社会内部の関係は平等であることが期待されているので、だれも他のだれかを支配することは許されない」(ガンズ 2006: 69)
 「要するに、仲間集団内部の社会関係は、個人主義的な見せびらかしと厳格に強制された社会統制のあいだの狭い道をたどっている。集団は成員に、それが極端にならないかぎり、個性を見せびらかし、表現し、行動にあらわす機会を提供している。その結果、仲間集団は、集団成員全体に共有されないかぎり共通の目標を達成することができない」(ガンズ 2006: 72)
 「たとえそれが、ウェストエンドのクリアランスのような集団の存続にかかわる場合であってもそうなのである。ことによると、このことは仲間集団社会の最も深刻な弱点であるかもしれない」(ガンズ 2006: 72-3)

コミュニティの特徴(第4章)
 近隣地区に立地しているというだけでは、コミュニティの構成要素とは見なされない
 コミュニティとは、仲間集団社会の働きを支援する機能をもつ機関や組織を指す。
 「しかしながら私は、この用語を、ウェストエンド住民によって利用され、仲間集団社会内部では果たすことのできない機能を遂行する一群の機関と組織を記述するために、純粋に社会的な意味でもちいることにしよう」(ガンズ 2006: 85)
 具体的なコミュニティの機関
 「コミュニティを構成する個々の機関は、教会、教区学校、公式的な社交組織、市民組織、政治組織(その一部は教会関連組織)、そして商業施設である」(ガンズ 2006: 86)
 「これらの機関は──圧倒的にイタリア系のものであるが──、仲間集団社会の外部に存在しているとはいえ、それらが集団や個人の必要を満たすのに利用される場合には、仲間集団社会と結びついている。しかしながら、仲間集団社会はウェストエンド生活においてあまりに優勢であるので、コミュニティは相対的に重要とはいえない」(ガンズ 2006: 86)
 コミュニティは仲間集団社会を補完するものにすぎない
 「ウェストエンド住民にとっては、同じような機能は仲間集団のなかで満たされるので、コミュニティへの参加は補助的なものである」(ガンズ 2006: 86)
 「ウェストエンド住民は、通常、仲間集団活動のために他の場所では利用できない機会を提供してくれる組織にのみ所属するであろう」(ガンズ 2006: 87)
 「残りのウェストエンド住民、つまり大多数は、コミュニティにまったく参加していなかった」(ガンズ 2006: 88)
 「ウェストエンドにおける最も重要な公式機関は、聖ジョセフ・ローマ・カトリック教会であった。それはウェストエンド住民に宗教的礼拝と子どもたちの教区教育のための使節を提供していた。そのホーリー・ネーム協会とカトリック女性協会は、じっさいに生じているわずかな「一般の」コミュニティ参加のほとんどを占めていた」(ガンズ 2006: 90-1)

外部世界の特徴(第6-8章)
 仲間集団社会とコミュニティを超えた世界
 具体例:雇用主、専門職、中産階級、都市政府、国民社会など
 外部社会は、ウェストエンド住民にとって必要だが、一種の「敵」とみなされることもある
 「他の組織と機関は、ウェストエンド住民の生活においていっそう必要とされているとはいわないまでも、同じくらい必要な役割を果たしているものの、それほどすすんで受け入れられているというわけではない」(ガンズ 2006: 98)
 「外部世界は仲間集団社会の生活に干渉する諸機関と諸個人からなるものである」(ガンズ 2006: 98)
 具体的な外部世界の機関
 労働と医療
 個人と仲間集団社会にとって重要なので、受容するほかない
 セツルメント・ハウス
 好奇心と疑念の混ざり合った感情で扱われる。仲間集団の生活に必要ではないので、本質的には無視される
 高校レベルの教育
 今では必要なものとして受容しているが、その有用性についてはいまだに相反する両面的な感情をいだいている
 法律、警察、政府
 ウェストエンド住民を搾取する機関として敵意が向けられる
 消費財の世界と娯楽のマスメディア
 すべての家庭で歓迎される。マスメディアは外部世界との主要な絆の一つを形成する
 外部世界の選択的受容
 「外部世界のサービスは、それが望ましい場合には利用され、それが個人や仲間集団を変化させたり害をおよぼしたりする場合には、無視されるか戦いの相手となる」(ガンズ 2006: 99)

仲間集団社会の変化(第10章)
 「きわめて強固にみえる仲間集団社会が、世代交代、また経済状況の向上の中で徐々に変化を始めている」(寺岡 2008: 170)
 すでに少数の人びとはホワイトカラーの技術職に移動
 移民第3世代は、仲間集団社会との摩擦を経ながら、新しい職業的機会に応じ、中産階級に移動していくと予想する

仲間集団社会は階級現象かエスニック現象なのか(第11-12章)
 ウェストエンドの人びとにみられた特徴の多くは、異なるエスニシティの労働者階級において見いだされる
 したがって、ウェストエンドのイタリア系アメリカ人住民にみられた仲間集団社会の特徴は、労働者階級の文化的共通性と言える

ウェストエンドの再開発(第13-14章)
 再開発の経緯
 1953年、再開発が公式に告示
 1957年10月、州が再開発計画案を承認
 1958年2月、現地事務所の設立
 1958年6月、学校が閉鎖
 1959年夏までには、ウェストエンドは急速に空き家になっていった
 1960年夏には「2年前に7千人以上が住んでいたところに瓦礫の断片しか残っていなかった」(ガンズ 2006: 259)
 1962年1月に新しいウェストエンドの最初の住民が入居を開始
 再開発に対する住民の対応
 「私が話をしただれもが、近隣地区の再開発計画について最初にウェストエンド住民が聞いたのがいつだったかをはっきり覚えていない」(ガンズ 2006: 261)
 「告示それ自体は、疑いもなくさらなる移動に拍車をかけ、他の人びとがウェストエンドに転入するのを思いとどまらせた。原因が何であろうと、この地域の空室率は上昇しはじめ、とくに不在地主が所有する建物の場合はそうであった」(ガンズ 2006: 261)
 「当時、ほとんどの人びとは、この地域にたいするかれらの感情について、非常にはっきりしているというわけではなかった。ウェストエンドはまだ存在していて、かれらはそのほかのことは知らなかったので、それが消滅したときに自分たちにどのような影響がでるかは、推測できなかったのである」(ガンズ 2006: 262)
 再開発の承認の手続きが複雑であったため、情報不足のウェストエンド住民には、実際の再開発がかなり先であると理解していた。
 入札価格が1位でない業者と市が再開発契約を結んだことで、ウェストエンド住民は「再開発は不公正なもの」と理解した。そして、そうした不公正な再開発が実施されるはずがないと考えた。
 「その結果、ウェストエンドでの生活は、再開発に表だった関心も寄せず、表だった議論もなく、いつもと同じようにすすんでいた」(ガンズ 2006: 265)
 再開発に対するガンズの評価
 ガンズの結論:ウェストエンドの再開発は、住民のニーズを無視した経済的利益優先のずさんな計画だった
 「そのとき、必然的に、私は再開発の決定そのものが完全に正当なものと感じられないばかりではなく、ウェストエンドのために実施された計画が、とりわけスラム・クリアランスによって利益を得ると想定されていた人びと[ウェストエンド住民]のニーズを考慮していないと感じるようになった」(ガンズ 2006: 276)
 目立った反対運動がおこなわれなかった
 仲間集団のもつ内向き志向が組織だった反対運動を阻む
 仲間集団以外を「外部」として認識する思考が、ウェストエンドという「地区」に対する共通認識を育むことを阻んできた
 そのため、「地域」としての有効な組織化を自ら行ったり、そうした動きに対して積極的に支援したりするすべをもたなかった
 ウェストエンドは、スラムなのか、低家賃地区なのか
 ウェストエンドはスラムではない。したがって、「スラムの一掃」という主張から始められたウェストエンドの再開発は正当化されない。
 「「スラム」という用語は、分析的概念ではなく、評価的概念である」(ガンズ 2006: 278)
 「居住構造物──と地区──は、それが住民あるいはより大きなコミュニティにとって物理的・社会的・情緒的に有害であることが明らかな場合にのみスラムと定義されるべきである。低家賃構造物および地区は、不便ではあるかもしれないが有害ではない家屋を供給しているという事実によって、スラムと区別されるべきである」(傍点は原文)(ガンズ 2006: 279)
 「再開発の目的のためには、スラムは、社会的環境の性質のゆえに、住民もしくはより大きなコミュニティにとって、問題と病理を生み出していることが証明できる地域であるとも定義されよう」(ガンズ 2006: 280)
 「ウェストエンドの構造物の大多数は、スラム住宅ではなく低家賃住宅を供給していたと結論づけることが公正であろう」(ガンズ 2006: 283)
 「ウェストエンドはまた、それをスラムとみなす社会的基準を満足させていなかった。社会的・情緒的問題や、行動上の困難や、犯罪歴をもっている住民を地域内に見いだすことはできたが、それはひとつには隣接するスキッド・ロウからの流入によるものであり、そして低家賃によるものであった」(ガンズ 2006: 284)
 「要するに、ウェストエンドは、──物理的にも社会的にも──スラムというよりも低家賃地区であった。全体のクリアランスは、最終的な結果としてウェストエンド住民によりよい生活条件をもたらす場合にのみ、正当化されるであろう。すなわち、この地域がかれらのために最新の構造物に建て替えられ、しかもそこにとどまりたいと考える人びとのために既存の社会構造がそこに保存されるようなやり方でなされた場合にのみ、正当化されるであろう」(ガンズ 2006: 285)
 再開発の便益と費用
 ウェストエンドの再開発は、「ボストンの経済的発展の起爆剤になる」という主張から始められたが、その成功は疑わしい
 「その中心的な立地のゆえに、不動産業者と市民リーダーは、長いあいだ、この地域はもっと経済的に利潤のあがる用途に向けられるべきであると感じていた」(ガンズ 2006: 285)
 「また、市がより高い税収の基盤を渇望していたこと、そして同じように経済的復興のしるしを熱心に探し求めていたことも、その決定に貢献した」(ガンズ 2006: 286)
 「1950年代をつうじて、政治家、実業界のリーダー、そして新聞は、ウェストエンドの再開発計画を、経済的沈滞から市が抜け出す主要な要因であり、シンボルであると説明していた」(ガンズ 2006: 286)
 「1 高所得の住民は市に便益をもたらすが、低所得の住民は重荷であり公共支出の源であるという想定で、事業は計画されてきた。その想定は、低所得の人びとが果たしている生きた経済的社会的役割を無視している」(ガンズ 2006: 286)
 「2 再開発による税収およびその他の経済的便益は、[資力のある]借家人をひきぬかれた地域において、不動産価値と税収が失われるという反作用を生むかもしれない」(ガンズ 2006: 286)
 「3 中心業務地区は、期待されるほどには便益を生まないかもしれない」(ガンズ 2006: 287)
 「さらに、市が手に入れるであろう利益は、75ドルから100ドルの移転補助金以外に何もなしに近隣地区から立ち退きを余儀なくされたウェストエンド住民によって支払われた経済的・社会的費用と比較しなければならない」(ガンズ 2006: 287)
 「じっさい、低所得の人びとは、自分自身の損失と、その場所のクリアランスに使われた連邦政府と地方政府の税金の分担部分の双方によって、近隣地区のクリアランスと高所得の継承者のアパートメントを補助してきた。ウェストエンド住民が受け取った転出補償金が、これらの費用からの差引勘定の始まりとさえなりえるかどうかは疑わしい」(ガンズ 2006: 288)


調査方法──参与観察法(ガンズ 2006: 313-30)
 調査時期:1957年10月から1958年5月(8ヶ月)
 主なアプローチ法(ガンズ 2006: 314)
 (1)ウェストエンドの施設の利用
 地区の施設を利用しながら、住民の行動を観察
 (2)会合、集会、公共の場所への出席
 傍観者として参加して観察
 (3)隣人や友人とのインフォーマルなおしゃべり
 ガンズと妻は住民たちと仲良くなり、おしゃべりや社交活動に加わる
 (4)コミュニティの職員とのフォーマル、インフォーマルな面接
 セツルメントなどの職員から話を聴く
 (5)インフォーマントの利用
 インフォーマント(情報提供者)になってくれた何人から情報を得る
 (6)観察
 常に目を見開き、耳をそばだてて、学ぼうとした。
 フィールドノート(ガンズ 2006: 314)
 上記の6つのアプローチ法を使って積み上げたデータは、フィールドノートに書きつけ、日誌にした。
 後に、それらを、研究報告をおこなうために分析した
 フィールドへの参入
 「ウェストエンド社会へ参入する問題は、特に悩ましかった」(ガンズ 2006: 316)
 「結局、この問題はほとんど自然に解決した。ホワイトの身に起こった幸運な事件と同じようなことが今回も起こったのである。妻と私は、隣人のひとりに歓迎され、隣人たちと仲良くなった。その結果、かれらは晩の集まりの多くに私たちを招待し、他の隣人、親類、友人たちに紹介してくれた」(ガンズ 2006: 316)
 「時がたつにつれて、私は集会やインフォーマルな面接で出会った他のウェストエンド住民とも、ほとんど同じような方法で仲良くなった。かれらもまた、親類や友人を紹介してくれた」(ガンズ 2006: 316)
 フィールドでの自己提示の仕方
 「結局、私は近隣地区の研究をしていること、とくにその機関と組織の研究をしていることを人びとに告げた。私はまた、かれらが歴史「研究」にはなじみがあることにすぐさま気がついたので、それからは私の研究はこの地域の最近の歴史であると説明することにした」(ガンズ 2006: 317-8)
 データの分析──インデックスカードによるコーディング作業
 「データのじっさいの分析はきわめて簡単である。私は自分の観察や面接が完了した直後に、そこで思いついた一般化とともに、できるだけ早く記録し、それをフィールド日誌とした」(ガンズ 2006: 321)
 「この研究を書くことになってから、私はその日誌を何回も読み直し、それから一般化とそれを支持する観察結果をインデックスカードに書き付けた。結果的に、私は2千枚以上のカードを手にしていた」(ガンズ 2006: 321)
 「つぎに私は、それらのカードをさまざまな見出しによって分類した」(ガンズ 2006: 321)
 「カードの内容をさらに要約し、ノートのページに、主要な一般化とその他の考えを書き並べた」(ガンズ 2006: 322)
 「最初の報告書は、1959年に、これらのノートをもとにして書いた」(ガンズ 2006: 322)
 「私は、本書を書くまえに、日記を読み直し、さらにノートをつけた。その結果、最初の報告書の諸章を拡張し、書き直すことになった。そして、新しい結論部分の章と再開発についてのエピローグを付け加えた」(ガンズ 2006: 322)


原典
 ハーバート・J・ガンズ, 2006, 『都市の村人たち──イタリア系アメリカ人の階級文化と都市再開発』(松本康訳)ハーベスト社


参考文献
 寺岡伸悟, 2008, 「都市の村人──H.J.ガンス『都市の村人たち』」井上俊・伊藤公雄編『都市的世界 (社会学ベーシックス 4)』世界思想社, 167-176.
 岸政彦, 2008, 「書評ハーバート・J・ガンズ著松本康訳『都市の村人たち──イタリア系アメリカ人の階級文化と都市再開発』(ハーベスト社、2006年)」日本都市社会学会年報 26: 236-239.






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