富山病院看護学校社会学20110511(死のアウェアネス理論)

前回・前々回とみんなで鑑賞した映画『大病人』をもとに、グレーザーとストラウスによる「死のアウェアネス理論」を説明しました。『大病人』には、この理論によって提唱された四つの認識文脈(「閉鎖」「疑念」「相互虚偽」「オープン」)が、うまく描かれています。だからこそ、2回の授業を費やして、この映画を見たのです。

さて、時と場所を異にする『大病人』に、死のアウェアネス理論がうまく描かれているのはなぜでしょうか。実は、グレーザーとストラウスがこの理論を発表した1960年代のアメリカは、患者に死を告知しない原則が告知する原則に変わる時代の節目でした。『大病人』が上映された1990年代の日本も、アメリカの1960年代と同じ時代の節目にあたります。そうした時代背景の類似が、その理由のように思います。

ところで、『大病人』に四つの認識文脈が描かれていると教えてくれたのは、金城学院大学に勤める大山小夜先生です。ここに記して感謝の意を表したいと思います。

映画『大病人』では、オープン認識文脈になると「めでたし、めでたし」という感じなのですが、実際には、死の受容には時間がかかります。そのことを確認するために、キューブラー・ロスによる「死の受容の5段階」(否認→怒り→取引→抑うつ→受容)について、最後、話をいたしました。


講義ノートはこちら(MS Word, 30Kb)
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配付資料「映画大病人のあらすじ」はこちら(PDF, 140Kb)
http://dl.dropbox.com/u/22647991/%E6%98%A0%E7%94%BB%E5%A4%A7%E7%97%85%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%89%E3%81%99%E3%81%98.pdf



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講義ノートテキスト版
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20110511富山病院看護
死のアウェアネス理論

死のアウェアネス理論の概要
 Glaser, Barney G. and Anselm L. Strauss, 1965, Awareness of Dying, New York: Aldine Publishing.(=1988, 木下康仁訳『死のアウェアネス理論と看護──死の認識と終末期ケア』医学書院.)
 著者
 社会学者。二人ともカリフォルニア大学サンフランシスコ校に勤務。
 研究の背景
 この研究が行われたアメリカの1960年代は、がんを告知しない原則から告知する原則へ大きく転換する
 現在のアメリカは、ほとんどの場合、がん告知をする
 日本では、1990年代に、告知しない原則から告知する原則へ大きく転換
 伊丹十三監督映画『大病人──僕ならこう死ぬ』の公開は1993年
 研究の進め方
 国立衛生研究所の資金援助による6年間の研究プロジェクト
 調査時期:1960年より開始
 調査方法:サンフランシスコ湾岸の6つの病院で観察と面接を組み合わせた集中的なフィールドワークを行った
 病院のスタッフに「終末期患者と彼らの周りで起こる事柄を研究したい」という目的を告げた後で、各部門を比較的自由に動き回る

死のアウェアネス理論の基本図式
 「認識文脈」(アウェアネス・コンテキスト)
 患者の「死」について、誰が、どのように知っているのか(p.9)
 基本図式
 「4つの認識文脈 → 4つの相互作用(人びとのやりとり)のパターン」
 患者の「死」について、患者や周りの人びとが、本心ではどのように考えているのか、表向きにどのように考えていると演技しているのか、という2点で認識文脈が決まり、その認識文脈によって、相互作用のパターンが変化する
 人間は、人びとのやりとりを円滑に進行させるために、本心とは別に、表向きの自分を演技する
 例えば、朝、友だちに「昨日のテレビ、面白かったね」と話しかけられたら、たとえ本心では面白くなかったと思っていても、「そうだね」と相づちを打つ(=表向きの演技)

終末認識の4パターン
 「閉鎖」認識文脈 → 「疑念」認識文脈 → 「相互虚偽」認識文脈 → 「オープン」認識文脈
 必ずしも、このパターンで認識文脈が推移するとはかぎらないが、患者は、自分の死について、疑うか完全に知る方向で変化するから、逆向きの矢印はあり得ない

「閉鎖」認識文脈(closed awareness)
 患者の死をめぐる沈黙のやりとり
 定義:患者以外のすべての人びとは、彼の切迫した死を知っているのに、本人だけはそれを知らない状況
本心 表向き
患者 知らない 知らない
患者以外 知っている 知らない
 「閉鎖」認識のもたらす人びとのやりとり(p.42)
 患者の希望に満ちた協力的態度
 事実を知らない患者は、回復するものと確信しているから、その前提で行動する
 医師や看護師の指示を忠実に守れば早く健康体に戻れると信じているので、非常に協力的になる
 病気の期間が、あたかも正常な生活の一時的中断でしかないように考えたり話したりする
 例えば、病室を臨時の仕事場にしてしまう
 患者の近親者は、一般に、患者が終末を知らない方が、家族として接しやすいと考えている
 特に、患者が、性格的に、「見苦しく」死んでいきそうな場合
 患者以外の人びとの緊張感と罪悪感
 家族は、患者に終末を悟られないためのドラマに参加せざるを得なくなり、その期間が長期にわたると、その経験は苦渋に満ちたものとなる
 加えて、死にゆく患者に、自分たちの悲しみを率直に表現できないため、家族の苦しみは増す
 看護師は、患者に死という事実を知られないようにするために、患者の死に関する情報管理を強いられ緊張状態に縛り付けられる
 閉鎖認識が医者にとって都合がよくても、看護師は、医者にくらべ、患者と接する時間が長いので、結局、尻拭いをすることになる

「疑念」認識文脈(suspected awareness)
 決め手となる情報をめぐる「かけひき」
 患者は、自分が死ぬのではないかという疑念を確かめる証拠を自分で見つけだすか、他者からそれを引き出さなくてはならない
 定義:周りの人たちは何か知っているのではないかと患者が疑問を感じ、それを確認しようと試みる状況
本心 表向き
患者 疑っている 疑っている
患者以外 知っている 知らない
 「疑念」認識のもたらす人びとのやりとり(p.62)
 患者の不安とイラ立ち・怒り
 疑念を確認できないまま、死ぬかもしれないという不安と恐怖と怒り
 患者が、医師や看護師は言い訳ばかりしていると思えば、患者は、やり場のないイラ立ちを感じる
 患者以外の人びとの非常に強い心理的緊張
 家族に対して、疑念を持つ患者に対して沈黙を守るという共謀ゲームは、非常に強い心理的緊張をもたらす
 患者との「かけひき」における病院側の矢面に立たされる看護師に対して、共謀ゲームは、かなりの心理的緊張を経験する
 看護師は、疑念を持つ患者との相互作用の大部分を管理する
 医師と看護師の分業が始まると同時に、彼らの全体のムードも緊張度を増す
 病院のスタッフが一枚岩的な対応をすると患者の反発を招くので、例えば、厳しい医師とやさしい看護師といった分業など

「相互虚偽」認識文脈(mutual pretense awareness)
 思いやりの虚偽的なやりとり
 定義:患者とスタッフの双方が、死が間近に迫っていると判断しながらも、互いに相手はそう思っていないふりをする状況
本心 表向き
患者 知っている 知らない
患者以外 知っている 知らない
 「相互虚偽」のもたらすもの(p.78)
 患者は、悲劇のヒーロー(ヒロイン)になる
 患者にとって、「相互虚偽」文脈は、死にゆく患者として尊厳を表現する1つの方法でもあり、また十分なプライバシーを確保する方法
 患者にとって、「相互虚偽」文脈は、死にゆく患者として尊厳を表現する1つの方法でもあり、また十分なプライバシーを確保する方法
 彼は、スタッフに協力的で、家族にも悲しい顔を見せずに、立派に死んでいった、と残された人に思われる
 患者は、自分の死について語り合えない
 ただし、その代償として、死を公然と受容しようとし、そのプロセスにスタッフや家族が参加すれば得られるはずの豊かな関係は期待できない

「オープン」認識文脈(open awareness)
 「容認される死に方をめぐるやりとり」
 がんの告知をすれば、「めでたしめでたし」とはならない。映画『大病人』のように、うまくいかないこともある。自分の死を受容するまでには、長い過程がある
 キューブラー・ロス「(1)否認→(2)怒り→(3)取引→(4)抑うつ→(5)受容」
 定義:患者とスタッフの両者が、死が間近に迫っているという事実を認めあい、その共有認識に基づいて比較的オープンに行動する状況
本心 表向き
患者 知っている 知っている
患者以外 知っている 知っている
 「オープン」認識のもたらすもの(p.106)
 患者は、自分の死について語りあい、自分の死に方を決められる
 患者は、死が差し迫っているのを知れば、自分の考える適切な死に方にしたがって、一生を閉じる機会を得られる
 患者以外の人びとの緊張感緩和
 事実を知ることが社会的に容認される死に方に結びつく限りにおいて、家族が背負う精神的緊張は、「閉鎖」認識や「疑念」認識に比べ、「オープン」認識のもとでは軽減される。
 医療スタッフの多く、とりわけ看護師は、「オープン」認識を希望する。死と対決している患者が、その戦いに看護師の参加を許してくれるとき、看護師は自らの仕事に本当の充実感を得る
 容認されない死をめぐる葛藤
 周囲の人びとが、その患者流の死の迎え方を容認せず、彼の考え方を変えようとしたり、実際に妨害したりするかもしれない
 例えば、「どうせ死ぬなら、今まで恨みのあるヤツを殺してから死ぬ」という患者、「酒を病室に持ち込んで、どんちゃん騒ぎをしてから死ぬ」という患者などは、容認されない
 容認されない死に方をする患者は、スタッフの仕事を難しくし、特に、看護師は、心理的緊張にさらされるので、むしろ「閉鎖」認識状況のほうがよかったと考えやすい。「こんなことなら、告知しなければ良かった」。
 「オープン」認識文脈になって、家族や医療スタッフなど周りの人たちは、患者の死という情報を管理しなければならないという緊張感からは解放されるが、新しく、患者が自分の死を受け入れるという過程を、みんなで支えるという課題を引き受けなければならない
 しかし、患者が死を受容することは、映画『大病人』ほど簡単ではない

死の受容の5段階
 キューブラー・ロス『死ぬ瞬間──死にゆく人々との対話』読売新聞社
 (1)否認→(2)怒り→(3)取引→(4)抑うつ→(5)受容(→(6)期待と希望(アルフォンス・デーケン))
 (1)否認
 自分が死に直面しているなんて真実ではないという否定の態度
 (2)怒り
 どうして私が死ななければならないのだという怒り
 (3)取引
 多少の延命と引き替えに神に生涯を捧げるという取引
 患者が周囲に対して最も開放的・協調的になるので、理想的なコミュニケーションが可能になる時期
 「人生の見直しと再評価」:患者の抱えている未解決の問題を整理するのに一番の機会
 (4)抑うつ
 告知の衝撃のあまり落ち込んでしまう「反応抑うつ」と、末期患者が世界との決別を覚悟するために必要な「準備抑うつ」の二つがある。この準備抑うつの時期を経過することによって、患者はその後の死の受容と平和の段階にいたることができる
 (5)受容
 もはや自分の運命について抑うつも怒りも覚えず、嘆きも悲しみも終わり、ある程度静かな感情を持って、近づく自分の終焉を見つめている状態。そっと一人きりになりたいと望む。
 (6)期待と希望(アルフォンス・デーケンがロスの図式に追加)
 死後の生命を信じる人が、最期まで希望に満ちた明るい態度をとる。永遠の未来を積極的に待ち望んで、とりわけ、愛する人との再会への期待が大きい。


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