富山病院看護学校社会学20110427(映画『大病人』後半)

今日の授業では、まず、映画『大病人』の後半40分ほどを観ました。
先週前半を観たときもそうでしたが、今日も何人かの学生は目をウルウルさせていました。
私も20回以上観ていますが、毎回、思わず引き込まれてしまいます。主人公の向井さん(三國連太郎)の痛みが伝わってきて、私も顔をゆがめてしまいます。
ほんとうに名作だと思います。
前半・後半を分けずに一気に観たほうが感動も大きいと思うのですが、授業時間の関係で分けざるを得ないのが残念です。

残りの時間は、監督の伊丹十三さんが何を伝えたかったのか、私なりの解説をしました。

講義ノートはこちら(MS Word, 21Kb)
http://dl.dropbox.com/u/22647991/20110427%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E7%97%85%E9%99%A2%E7%9C%8B%E8%AD%B7.docx


最後に感想を書いてもらいましたが、みなさん、たくさん書いてくれましたよ。


ゴールデン・ウィーク明けの授業では、映画『大病人』を例に、グレーザーとストラウスの「死のアウェアネス理論」について話す予定です。




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講義ノートリッチテキスト版
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20110427富山病院看護
映画『大病人』(その2)

映画『大病人』の続きを鑑賞
 後半およそ40分間

『大病人』のメッセージ
(1)自分の死に方は自分で決める
 『大病人』のサブタイトル=「僕ならこう死ぬ」
 映画中で、二つの対照的な死を比較させることによって、「自分の死に方は自分で決める」というメッセージが伝わる
 このようなメッセージを伝えようとする時代的・社会的背景
 1990年代の初めは、がんを告知しないのが一般的だった。映画のなかでも、緒方が向井に「胃潰瘍」と伝えていた。そうしたがん告知のあり方に、一石を投じる。
 二つの対照的な死
向井の死 気管切開された男の死
がんの告知 あり なし
臨終の場所 自宅 病院
臨終時の雰囲気 静寂と笑い 喧噪と悲鳴
臨終時の人間関係 家族と友人に囲まれ、感謝と別れの言葉を交わす 家族は遠ざけられ、妻は祈るのみ
臨終までの生活 途中だった映画のラストシーンを撮影し、死ぬまでの残された時間を充実したものに変えた。死を前にして、人間的に成長した。 ベッドから動けない。声も出せず、自分の意思を伝えられない。ただ、衰退していくのみ。
身体の状態 点滴などは外され、モルヒネで痛みを止める 点滴などの医療器具につながれ、いわゆるスパゲティ状態
 向井も、気管切開の男と同じ死に方をする可能性があった。しかし、自殺未遂の末に、自分の正確な病名と余命を知ること(=がん告知)で、違う死に方を選ぶことができた。こうして、がん告知によって、向井のような死に方が実現するというメッセージが、映画の観客に伝わる
 日本人の死に場所の変化──自宅から病院へ
 人口動態統計(厚生労働省)「死亡の場所別にみた死亡数・構成割合の年次推移」
 現在、圧倒的多数の人が病院で死ぬ
 昭和26年:病院9.1%、自宅82.5%
 平成21年:病院78.4%、自宅12.4%
 人口動態統計:http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html
 困難に向き合うことで人は成長する
 「大」病人の二つの意味
 「大」迷惑な病人から、偉「大」な病人へ
 「頑張ろう」という言葉の意味変化
 告知を受ける前:大きな不安の渦中にあったので、「これ以上、どう頑張ればいいのか」と反発を感じた
 告知を受けた後:死に向き合って「残された時間を有意義にすごそう」と気持ちが前向きになれたので、向井自らの口から「頑張ろう」という言葉が出てきた。
 向井の成長とともに、緒方も医師として成長した。
 映画『大病人』を撮るきっかけとなった本
 山崎章郎, [1990]1996, 『病院で死ぬということ』文春文庫.
 山崎章郎(やまざき・ふみお)
 1947年生まれ。外科医。東京都小金井市の聖ヨハネ会総合病院桜町病院でホスピス科部長を務めたのに、ケアタウン小平クリニック院長として在宅ホスピスケアも手がける
 山崎は、末期がんのために病院でなくなった10名の人びとが、最期を迎えるまでの様子を描く
 山崎は、この本を、気管を切開して78歳で亡くなった男性のエピソードで始めている(第1章「ある男の死」)
 山崎は、新人医師だった頃、臨終間際におこなわれる心肺蘇生術に感動し、そうした行為が医療者として当然のものだと考えていた。しかし、キュブラー・ロス『死ぬ瞬間』に出会い、そうした蘇生術が、患者と家族や親しい人から大切な瞬間を奪う行為だと反省する。そして、ホスピスを作る決意をする(第6章「僕自身のこと」)。
 ホスピスと『大病人』
 臨終を間際にした人の心境
 向井から緒方へのセリフ「俺は、もうすぐに死ぬんだ。今の俺にとって一番大事なのは、今から死ぬまでをどう生きるかだ」(ラストシーンを撮影すると言って退院しようとする向井と緒方のやりとり)
 臨終を間際にした人にとって「治療をやめる=敗北」ではない
 向井から緒方へのセリフ「死ぬまでこのじじいを一番よく生かすと考えろ」「いいんだよ。ここから先は俺の生き方の問題。君らの管轄外だ。君らにとって死は敗北なんだろう。俺は自分の死を敗北とは思いたくないね。やりたいことをやった後のやすらかなエンディングだと思いたいよ」(ラストシーンを撮影すると言って退院しようとする向井と緒方のやりとり)
 富山県立中央病院の緩和ケア科
http://sun1.tch.pref.toyama.jp/service/service03/index.html

(2)生命は循環する
 がんを告知されたとしても、やはり死はこわい。では、どうするか
 自分ががんだとうすうす気づいていた向井も、いざ緒方からはっきりがんだと告げられると、ショックのあまり震えが止まらない。
 死への恐怖の源泉
 誕生に始まりと死に終わる一回きりの直線的な生命というイメージが、人びとに恐怖をもたらす
 生命に終わりはなく、果てしなく循環するものであると考えれば、死の恐怖感は薄れる。この世の死は、あの世の誕生であり、あの世の死は、この世の誕生であり、常にめぐりめぐっていく
 般若心経「色即是空」=いっさいは「空」である
 世の中のすべてのものに実体はない。実体があるように見えるのは、そこに実体を見ようとする心のありようがあるから
 人生の壁にぶつかった場合、努力して乗り越えられるのならば、頑張ればよい。死のように、努力しても超えられそうもない壁ならば、頑張ることはむなしい。そのときは、頑張ることをやめて、心のありようを変えるしかない
 「頑張る」は『大病人』のキーワードの一つ
 『大病人』に現れた「循環する生命」を表すシーン
 向井は、誕生日に発病し、誕生日に死ぬ
 愛人の綾が映画撮影現場のくす玉を割って向井の誕生日を祝うシーンの直後に「365」という余命をカウントダウンする数字が出る。すなわち、向井は、1年後の誕生日に臨終を迎える
 死後の世界の描写
 この世での死は、あの世での誕生であり、あの世での死は、この世での誕生
 向井のセリフ「死ぬってそんなに悪くない」(自殺を企てた後)、「また会えるさ」「(まり子に)先に行って待ってるよ」(臨終の時)
 緒方のセリフ「また会えるさ」(向井の死の後、看護師の林さんと道を歩きながら)
 性=生命
 死を主題とする映画のなかで、生(性)を象徴するシーンが挿入され、生と死が表裏一体であることを暗示する
 愛人の綾とのセックスシーン(相手が愛人という点が・・・)
 入院の準備をする妻のまり子にセックスをせまる
 映画のラストシーン撮影の現場に向かうワゴン車から見えた自転車をこぐ生命感満ちあふれた若い女性
 風
 風は、一ヶ所にとどまらず、さまざまな場所をめぐっていく
 最初のシーンの「風に揺れるカーテン」
 最後のエンドロールの背景の「風に揺れる森の木々」
 大ヒットした歌「千の風になって」(秋川雅史歌)
 亡くなった人の魂が、千の風となって、親しかった人びとを見守る

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